武士道 / 第十一章 克己・停車場の沈黙
擧止沈着、精神重厚なるに於ては容易に感情の爲に亂すところとならず。曾て記す、日露戰役の當時、某聯隊の兵士の一市を出發するに際し、多數の人民は、隊長以下の軍隊に訣別せんが爲、停車塲に群集せり。一米國人あり、學國奮起の此秋なるを以て、歡呼の聲必ずや天地を動かすものあらんことを豫想して、其所に到り見れば、群集中には、兵士の父あり、母あり、情人あり。然るに其米國人の、却つて奇異の感をなして一驚自から禁ずる能はざりしものは、汽笛一嘯と共に、列車の進行を始むるや、數千の人民は、帽を脫して、恭しく訣別の禮を告げ、而して手巾を振るものも無く、一語を叫ぶものも無く、唯だ耳を欹つれば僅に欲獻嗚咽の洩るゝを聞くのみなりしと云ふ。
新字:挙止沈着、精神重厚なるに於ては容易に感情の為に乱すところとならず。曽て記す、日露戦役の当時、某聯隊の兵士の一市を出発するに際し、多数の人民は、隊長以下の軍隊に訣別せんが為、停車塲に群集せり。一米国人あり、学国奮起の此秋なるを以て、歓呼の声必ずや天地を動かすものあらんことを予想して、其所に到り見れば、群集中には、兵士の父あり、母あり、情人あり。然るに其米国人の、却つて奇異の感をなして一驚自から禁ずる能はざりしものは、汽笛一嘯と共に、列車の進行を始むるや、数千の人民は、帽を脱して、恭しく訣別の礼を告げ、而して手巾を振るものも無く、一語を叫ぶものも無く、唯だ耳を欹つれば僅に欲献嗚咽の洩るゝを聞くのみなりしと云ふ。
書き下し
挙止沈着、精神重厚なるに於ては、容易に感情の為に乱すところとならず。かつて記す、日露戦役の当時、某聯隊の兵士の一市を出発するに際し、多数の人民は、隊長以下の軍隊に訣別せんが為、停車場に群集せり。一米国人あり、挙国奮起の此秋なるを以て、歓呼の声必ずや天地を動かすものあらんことを予想して、其所に到り見れば、群集中には兵士の父あり、母あり、情人あり。然るに其米国人の、却つて奇異の感をなして一驚自から禁ずる能はざりしものは、汽笛一嘯と共に列車の進行を始むるや、数千の人民は帽を脱して、恭しく訣別の礼を告げ、而して手巾を振るものも無く、一語を叫ぶものも無く、ただ耳を欹つれば、わずかに嗚咽の洩るるを聞くのみなりしと云ふ。
現代語訳
立ち居振る舞いが落ち着き、精神が重厚であれば、容易に感情に乱されることはありません。かつて記したことですが、日露戦争のとき、ある連隊の兵士がある市を出発するにあたって、多くの人々が隊長以下の軍隊に別れを告げるため駅に群がりました。あるアメリカ人が、国を挙げて奮い立つこの時であるから、歓呼の声が必ず天地を動かすだろうと予想してその場に行ってみると、群衆の中には兵士の父があり、母があり、恋人がいました。ところがそのアメリカ人がかえって奇異に思い、驚きを禁じえなかったのは、汽笛が一声鳴って列車が動き出すと、数千の人々が帽子を脱いで恭しく別れの礼を告げ、ハンカチを振る者もなく、一言叫ぶ者もなく、ただ耳を澄ませばわずかにすすり泣きが漏れるのを聞くだけだったということです。
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