武士道 / 第十章 武士の教育・武士道は黄白より胚胎する禍を免る
奢侈は人に於て最も懼るべき所、武士は極めて質素ならざるべからずとし、而して幕府以下諸藩に於て屢ば奢侈の禁令を勵行したることあり。羅馬の古史を讀むに當り、稅吏其他の財政に干與する吏輩の漸次武士の階級に進みて、其國家は、此輩の職任を重視し、金錢を尊ぶに至りしを記すを見る。而して此事たる羅馬人の奢侈貪婪の嗜癖と關聯する如何に多大なりしかは之を推するに難からず。然るに武士道の教訓は之に反し、理財の道を以て紀律上卑賤なるもの、即ち、道德上、知識上の任務に比するに頗る劣等なるものとせり。金錢を輕んじ、殖財の念を賤めたること、旣に斯の如くなりしを以て、武士道は長く黃白より胚胎せる凡百の禍より免るゝことを得たり。
新字:奢侈は人に於て最も懼るべき所、武士は極めて質素ならざるべからずとし、而して幕府以下諸藩に於て屢ば奢侈の禁令を勵行したることあり。羅馬の古史を読むに当り、税吏其他の財政に干与する吏輩の漸次武士の階級に進みて、其国家は、此輩の職任を重視し、金銭を尊ぶに至りしを記すを見る。而して此事たる羅馬人の奢侈貪婪の嗜癖と関聯する如何に多大なりしかは之を推するに難からず。然るに武士道の教訓は之に反し、理財の道を以て紀律上卑賤なるもの、即ち、道徳上、知識上の任務に比するに頗る劣等なるものとせり。金銭を軽んじ、殖財の念を賤めたること、旣に斯の如くなりしを以て、武士道は長く黄白より胚胎せる凡百の禍より免るゝことを得たり。
書き下し
奢侈は人に於て最も懼るべき所、武士は極めて質素ならざるべからずとし、而して幕府以下諸藩に於て、しばしば奢侈の禁令を励行したることあり。羅馬の古史を読むに当り、税吏其他の財政に干与する吏輩の、漸次武士の階級に進みて、其国家は此輩の職任を重視し、金銭を尊ぶに至りしを記すを見る。而して此事たる、羅馬人の奢侈貪婪の嗜癖と関聯すること如何に多大なりしかは、之を推するに難からず。然るに武士道の教訓は之に反し、理財の道を以て紀律上卑賤なるもの、即ち道徳上、知識上の任務に比するにすこぶる劣等なるものとせり。金銭を軽んじ、殖財の念を賤めたること既にかくの如くなりしを以て、武士道は長く黄白より胚胎せる凡百の禍より免るることを得たり。
現代語訳
奢りは人にとって最も恐れるべきもので、武士はきわめて質素でなければならないとし、幕府以下の諸藩でもしばしば奢侈の禁令を励行したことがあります。ローマの古い歴史を読むと、徴税官その他の財政に関わる役人が次第に武士の階級へ進み、その国家が彼らの職務を重視し金銭を尊ぶようになったと記されているのを見ます。そしてこのことが、ローマ人の贅沢と貪欲の嗜好とどれほど大きく関係していたかは、推し量るのに難しくありません。ところが武士道の教えはこれに反し、財を治める道を規律の上で卑しいもの、すなわち道徳や知識の任務に比べてかなり劣ったものとしました。金銭を軽んじ財を増やす心を賤しんだことがこのようであったので、武士道は長く金銭から生じるあらゆる禍を免れることができました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『韓非子』亡徵第十五官職は重を以て求む可く、爵祿は貨を以て得可き者は、亡ぶ可きなり。
-
『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・御国恩とは何事をさすやしかるに幕府のとき、政府のことをお上様と唱え、お上の御用とあればばかに威光を振るうのみならず、道中の旅籠までもただ食い倒し、川場に銭を払わず、人足に賃銭を与えず、はなはだしきは旦那が人足をゆすりて酒代を取るに至れり。沙汰の限りと言うべし。あるいは殿様のものずきにて普請をするか、または役人の取り計らいにていらざる事を起こし、無益に金を費やして入用不足すれば、いろいろ言葉を飾りて年貢を増し御用金を言いつけ、これを御国恩に報ゆると言う。そもそも御国恩とは何事をさすや。百姓・町人らが安穏に家業を営み、盗賊・人殺しの心配もなくして渡世するを、政府の御恩と言うことなるべし。もとよりかく安穏に渡世するは政府の法あるがためなれども、法を設けて人民を保護するは、もと政府の商売柄にて当然の職分なり。
-
『塩鉄論』疾貪篇賢良曰く、古の爵祿を制するや、卿大夫は以て賢を潤し士を厚くするに足り、士は以て身を優にし黨に及ぼすに足り、庶人の官と為る者は、以て其の耕に代えて其の祿を食むに足る。今、小吏は祿薄く、郡國の繇役は遠く三輔に至り、粟米は貴くして、相い贍うに足らず。常居すれば則ち衣食に匱しく、故有れば則ち畜を賣り業を粥ぐ。徒だ是のみに非ず、繇使相い遣り、官庭に攝追し、小計權吏、行施乞貸し、長吏は侵漁し、上府は下して之を縣に求め、縣は之を鄉に求む、鄉は安くにか之を取らんや。語に曰く、『貨賂の下に流るるは、猶お水の下に赴くがごとし、竭きざれば止まず』と。今、大川江河は巨海に飲がれ、巨海之を受く、而して溪谷の流潦を讓らんことを欲するも、百官の廉なるは、得べからざるなり。夫れ影の正しからんことを欲する者は其の表を端しくし、下の廉ならんことを欲する者は之を身に先んず。故に貪鄙は率に在りて下に在らず、教訓は政に在りて民に在らざるなり。
-
『武士道』第十章 武士の教育・金銭を賤しむ富めるは智に害あり』と云へり。かるが故に児童は長じて、全く経済の道を暁らず、又た之を士人の口に上ぼすを愧ぢ、貨幣の価を知らざるは、教養の特に宜しきを得たるものなるを証すとしたり。軍勢を集め、恩賞俸禄を分つには、必ずや数の知識の欠くべからざるに拘はらず、金銭の出納は之を小身の輩に委ね、一藩の財政を挙げて下級武士、又たは御坊主の掌中に帰したりし事も亦た尠からざりき。深慮遠謀の士は、金銭の実に戦の筋力なるを熟知したりと雖、敢て金銭を重んずるの念を崇めて、一の道徳と成すに想ひ到らず。節倹は武士の命ぜらるる所なりしと雖、これ又た経済上の理由に基くものに非らずして、却つて嗜慾を克制せんが為なりき。
-
『武士道』第十章 武士の教育・金銭は糞土も啻ならず武士道は不経済的なり、貧しきを以て其誇とし、ヴェンティディウスと共に、『武士の徳たる大望は、利の為に辱を蒙らんよりは、寧ろ損を択ばんことを冀ふもの也』と云へり。ドン・キホーテは、金銀封土を軽んじ、錆びたる槍、痩せたる馬を誇りとしたり。而して日本武士は、この奇異なるラマンチャ住人に満腔の同感を表せん。武士は賭物を斥け、産を興し、富を貯ふるの業を賤みたり。金銭は武士より之を見る、真に糞土もただならず。世道人心の頽廃を歎ずるもの、ややもすれば、すなはち今なお陳腐の古語を借りて、文臣銭を愛し、武臣命を惜む、と云ふ。生命財産に卑吝なるを侮蔑し、或は却つて寧ろ之を蕩尽するを頌揚するあり。古諺にも、『就中、金銀の慾を思ふべからず。
-
『武士道』第十章 武士の教育・精神上の勤労は価無きに非ず今や何等の勤労に酬うるにも、一に金銭を以てするが如き風は、武士道を遵奉する者の間に、かつて行はれしこと無かりき。武士道は、金を獲ず、又た価を受けずして、始めて他に尽すことを得るの務あるを信じたり。乃ち僧侶にもせよ、教師にもせよ、其精神上の勤労は、価無きに非らず、却つて価の量るべからざるが故に、金銭を以て之に報ずるを得べきものに非らずとしたり。是に由りて之を見れば、算数的ならざる武士道の名誉の本能は、近世の経済学に超越して、真理の教訓を与へたるものなりと謂ひつべし。けだし賃銭俸給の如きは、勤労任務の結果の、明かに見るを得べく、量るを得べきものにのみ対して、之を払ふて大差なかるべしと雖、教育に奉ずる最美の勤労、即ち人の霊性の啓発に裨補する任務の如きに至りては、其量のもとより瞭かならざるを以て、ひとり之を認むる能はざるのみならず、又た之を数ふるを得ず。