武士道 / 第十章 武士の教育・金銭は糞土も啻ならず
叶武士道は不經濟的なり、貧しきを以て其誇としヴエンチヂアスと共に、『武士の德たる大望は、利の爲に辱を蒙らんよりは、寧ろ損を擇ばんことを冀ふもの也』と云へり。ン、キホーテは、金銀封土を輕んじ、錆びたる槍、瘠せたる馬を誇りとしたり。而して日本武士は、この崎異なるラマンチヤ住人に滿腔の同感を表せん。武士は阿賭物を斥け、產を興し、富を貯ふるの業を賤みたり。金錢は武士より之を見る眞に糞土も啻ならず。世道人心の頽廢を歎ずるもの、動もすれば、輙ち今猶ほ陳腐の古語を假りて、文臣錢を愛し、武臣命を惜むと云ふ。生命財產に卑吝なるを侮蔑し或は却つて寧ろ之を蕩盡するを頌揚するあり。古諺にも、『就中金銀の慾を思ふべからず。
新字:叶武士道は不経済的なり、貧しきを以て其誇としヴエンチヂアスと共に、『武士の徳たる大望は、利の為に辱を蒙らんよりは、寧ろ損を択ばんことを冀ふもの也』と云へり。ン、キホーテは、金銀封土を軽んじ、錆びたる槍、瘠せたる馬を誇りとしたり。而して日本武士は、この崎異なるラマンチヤ住人に満腔の同感を表せん。武士は阿賭物を斥け、産を興し、富を貯ふるの業を賤みたり。金銭は武士より之を見る真に糞土も啻ならず。世道人心の頽廃を嘆ずるもの、動もすれば、輙ち今猶ほ陳腐の古語を仮りて、文臣銭を愛し、武臣命を惜むと云ふ。生命財産に卑吝なるを侮蔑し或は却つて寧ろ之を蕩尽するを頌揚するあり。古諺にも、『就中金銀の慾を思ふべからず。
書き下し
武士道は不経済的なり、貧しきを以て其誇とし、ヴェンティディウスと共に、『武士の徳たる大望は、利の為に辱を蒙らんよりは、寧ろ損を択ばんことを冀ふもの也』と云へり。ドン・キホーテは、金銀封土を軽んじ、錆びたる槍、痩せたる馬を誇りとしたり。而して日本武士は、この奇異なるラマンチャ住人に満腔の同感を表せん。武士は賭物を斥け、産を興し、富を貯ふるの業を賤みたり。金銭は武士より之を見る、真に糞土もただならず。世道人心の頽廃を歎ずるもの、ややもすれば、すなはち今なお陳腐の古語を借りて、文臣銭を愛し、武臣命を惜む、と云ふ。生命財産に卑吝なるを侮蔑し、或は却つて寧ろ之を蕩尽するを頌揚するあり。古諺にも、『就中、金銀の慾を思ふべからず。
現代語訳
武士道は経済的ではありません。貧しいことを誇りとし、ウェンティディウスとともに、武士の徳である大志は、利益のために辱めを受けるよりは、むしろ損を選ぶことを願うものだ、と言いました。ドン・キホーテは金銀や領地を軽んじ、錆びた槍と痩せた馬を誇りとしました。そして日本の武士は、この奇妙なラ・マンチャの住人に心からの共感を表すでしょう。武士は賭け事を退け、財産を興し富を蓄える仕事を賤しみました。金銭は武士から見れば、まことに糞土どころではありません。世の道や人の心の頽廃を嘆く者は、ややもすれば今なお古臭い言葉を借りて、文官は銭を愛し武官は命を惜しむ、と言います。命や財産に卑しくけちであることを侮蔑し、あるいはかえってそれを使い果たすことを讃えることがあります。古い諺にも、とりわけ金銀の欲を思ってはならない。
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