武士道 / 第七章 至誠信實・正直は最良の政略なりや
予はアングロ、サクソン人種の商業道德に秀でたるを見て、東心深く之を敬重せずんばあらず。されど予は其根柢を問ふとき、『正直は最良の政畧なり』、即ち正直なれば利すと云ふにありと聞いては、寧ろ呆然たらざるを得ず。果して然らば、德とは、報其中に在りと云へる原則に由るにあらずして、他の報酬あるが爲に行ふべきものなる乎。正直なるは、虛僞よりも、多額の現金を獲る所以なりとせば、予は恐る武士道は寧ろ虛僞に與みするものならんことを。武士道は與へて報酬を取るの主義を排斥すと雖、巧利なる商賈は却て之を慶びとすべし。レツキーが、誠實は要するに商工業によりて發展するものなりとは、眞に然りと謂ふべく、又たニーチエは曰へらく、『正直は諸德の中最も幼者なり』誠實は實業即ち近世經濟事情を母とせるの養兒なり。
新字:予はアングロ、サクソン人種の商業道徳に秀でたるを見て、東心深く之を敬重せずんばあらず。されど予は其根柢を問ふとき、『正直は最良の政略なり』、即ち正直なれば利すと云ふにありと聞いては、寧ろ呆然たらざるを得ず。果して然らば、徳とは、報其中に在りと云へる原則に由るにあらずして、他の報酬あるが為に行ふべきものなる乎。正直なるは、虚偽よりも、多額の現金を獲る所以なりとせば、予は恐る武士道は寧ろ虚偽に与みするものならんことを。武士道は与へて報酬を取るの主義を排斥すと雖、巧利なる商賈は却て之を慶びとすべし。レツキーが、誠実は要するに商工業によりて発展するものなりとは、真に然りと謂ふべく、又たニーチエは曰へらく、『正直は諸徳の中最も幼者なり』誠実は実業即ち近世経済事情を母とせるの養児なり。
書き下し
予はアングロサクソン人種の商業道徳に秀でたるを見て、衷心深く之を敬重せずんばあらず。されど予は其根柢を問ふとき、『正直は最良の政略なり』、即ち正直なれば利すと云ふにありと聞いては、寧ろ呆然たらざるを得ず。果して然らば、徳とは、報い其中に在りと云へる原則に由るにあらずして、他の報酬あるが為に行ふべきものなるか。正直なるは、虚偽よりも多額の現金を獲る所以なりとせば、予は恐る、武士道は寧ろ虚偽に与みするものならんことを。武士道は与へて報酬を取るの主義を排斥すと雖、巧利なる商賈は却て之を慶びとすべし。レッキーが、誠実は要するに商工業によりて発展するものなりとは、真に然りと謂ふべく、又たニーチェは曰へらく、『正直は諸徳の中、最も幼き者なり』と。誠実は実業、即ち近世経済事情を母とせるの養児なり。
現代語訳
私はアングロサクソン民族の商業道徳が優れているのを見て、心の底から敬わずにはいられません。しかしその根底を問うたとき、正直は最良の政略である、つまり正直であれば得をする、というところにあると聞いては、むしろ呆然とせざるを得ません。果たしてそうなら、徳とは報いがその中にあるという原則によるのではなく、他に報酬があるから行うべきものなのでしょうか。正直であることが虚偽より多くの現金を得る手段だというなら、私は恐れます、武士道はむしろ虚偽に味方するものになるのではないかと。武士道は与えて報酬を取るという主義を排斥しますが、利に巧みな商人はむしろそれを喜ぶでしょう。レッキーが、誠実は要するに商工業によって発展するものだと言ったのは、まことにそのとおりで、ニーチェもこう言いました。正直はあらゆる徳の中で最も若い者である、と。誠実は実業、すなわち近代の経済事情を母とする養い子です。
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