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武士道 / 第五章 仁・愛不忍の心・窮鳥懐に入る

然り、夫れ或は然らん。されど柔和、慈悲、仁愛は、武士の慘慄なる軍功を美化するの特質なりしことは、亦た此れに由りて知るを得べし。古語に曰く、『窮鳥懷に入る時は獵夫も之を殺さず』と謂へるが、此一語は彼の特に基督教徒の事業なりと思惟せられたる赤十字の、我國に其根脚を確立せる所以を說明するものにあらずや。吾人は、セネバ同盟條約を耳にするに先だつ數十年、旣に大小說家馬琴よりして、屢ば敵の傷者を醫療するの物語を聞けり。由來武斷の氣質に富み、其訓育に秀でたるを以て聞こえし薩藩にては、若殿原の間に音樂を嗜むの風行はれたり。其樂とは、鉦鼓殺伐の聲にも非らず、沙翁の所謂『血と死との囂しき前驅』の吾人を刺勵して、豺狼の行爲を學ばしむるものにもあらず。

新字:然り、夫れ或は然らん。されど柔和、慈悲、仁愛は、武士の惨慄なる軍功を美化するの特質なりしことは、亦た此れに由りて知るを得べし。古語に曰く、『窮鳥懐に入る時は猟夫も之を殺さず』と謂へるが、此一語は彼の特に基督教徒の事業なりと思惟せられたる赤十字の、我国に其根脚を確立せる所以を説明するものにあらずや。吾人は、セネバ同盟条約を耳にするに先だつ数十年、旣に大小説家馬琴よりして、屢ば敵の傷者を医療するの物語を聞けり。由来武断の気質に富み、其訓育に秀でたるを以て聞こえし薩藩にては、若殿原の間に音楽を嗜むの風行はれたり。其楽とは、鉦鼓殺伐の声にも非らず、沙翁の所謂『血と死との囂しき前駆』の吾人を刺勵して、豺狼の行為を学ばしむるものにもあらず。

書き下し

然り、夫れ或は然らん。されど柔和、慈悲、仁愛は、武士の惨慄なる軍功を美化するの特質なりしことは、亦た此れに由りて知るを得べし。古語に曰く、『窮鳥懐に入る時は、猟夫も之を殺さず』と謂へるが、此一語は、彼の特に基督教徒の事業なりと思惟せられたる赤十字の、我国に其根脚を確立せる所以を説明するものにあらずや。吾人は、ジュネーブ同盟条約を耳にするに先だつ数十年、既に大小説家馬琴よりして、しばしば敵の傷者を医療するの物語を聞けり。由来武断の気質に富み、其訓育に秀でたるを以て聞こえし薩藩にては、若殿原の間に音楽を嗜むの風行はれたり。其楽とは、鉦鼓殺伐の声にも非らず、シェイクスピアの所謂『血と死との囂しき前駆』の、吾人を刺励して豺狼の行為を学ばしむるものにもあらず。

現代語訳

そうです、それはそうかもしれません。しかし柔和、慈悲、仁愛が、武士の惨たらしい軍功を美しくする特質であったことも、これによって知ることができます。古い言葉に、追い詰められた鳥がふところに入ってきたときは、猟師もこれを殺さない、とあります。この一語は、とくにキリスト教徒の事業だと思われていた赤十字が、わが国にその根を確立した理由を説明するものではないでしょうか。私たちは、ジュネーブ条約を耳にする数十年前から、すでに大小説家の馬琴によって、敵の傷ついた者を治療する物語をたびたび聞いていました。もともと武断の気質に富み、その教育に優れていることで知られた薩摩藩では、若い武士の間に音楽を嗜む風習が行われました。その音楽とは、鉦や鼓の殺伐とした音でもなく、シェイクスピアのいう血と死の騒がしい前触れとして、私たちを煽って狼のような行為を学ばせるものでもありません。

解説

窮鳥懐に入れば猟師も殺さず。追い詰められて逃げ込んできた者を討たないという感覚が、赤十字の思想を受け入れる土壌になったという指摘です。ジュネーブ条約より数十年前から、滝沢馬琴の小説が敵の傷者を治療する場面を描いていた。外から来た理念が根づくのは、すでに似た感覚が育っていたからだという見方で、文化の受容について普遍的な示唆があります。

この章句が説くこと

慈悲赤十字受容窮鳥土壌

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