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武士道 / 第二章 武士道の淵源・其民は其山嶽の如し

支那、印度に於けるや、人の優劣は、主として、精力及び知識の程度に在るものの如く、而して日本に於ては之に異り、人の差等は品性のオリヂナリチーの多少に在り。抑も個々特立の人格とは、優等なる民族の徵證にして、又た既に發達したる文明の左劵なり。ニーチエが得意の言を假りて云へば、亞細亞大陸に於けるや、人は其平原の如くなりと雖、日本に於ては之に反し、歐洲に於けると齊しく、要するに其民は其山嶽の如し。マゼリエル氏の評論せる國民、即ち我が大和民族の共有せる特種の性格たり、又た武士道の大本たる所のものに就き、吾人は今爰に日本人の地步よりして、此れが解明を試みんとす。而して先づ其の『正義』より之を說かん。

新字:支那、印度に於けるや、人の優劣は、主として、精力及び知識の程度に在るものの如く、而して日本に於ては之に異り、人の差等は品性のオリヂナリチーの多少に在り。抑も個々特立の人格とは、優等なる民族の徴證にして、又た既に発達したる文明の左劵なり。ニーチエが得意の言を仮りて云へば、亜細亜大陸に於けるや、人は其平原の如くなりと雖、日本に於ては之に反し、欧洲に於けると斉しく、要するに其民は其山嶽の如し。マゼリエル氏の評論せる国民、即ち我が大和民族の共有せる特種の性格たり、又た武士道の大本たる所のものに就き、吾人は今爰に日本人の地歩よりして、此れが解明を試みんとす。而して先づ其の『正義』より之を説かん。

書き下し

支那、印度に於けるや、人の優劣は、主として、精力及び知識の程度に在るものの如く、而して日本に於ては之に異り、人の差等は品性のオリジナリティーの多少に在り。抑も個々特立の人格とは、優等なる民族の徴証にして、又た既に発達したる文明の左券なり。ニーチェが得意の言を借りて云へば、亜細亜大陸に於けるや、人は其平原の如くなりと雖、日本に於ては之に反し、欧洲に於けると斉しく、要するに其民は其山嶽の如し。メール氏が評論せる国民、即ち我が大和民族の共有せる特種の性格たり、又た武士道の大本たる所のものに就き、吾人は今ここに日本人の地歩よりして、此れが解明を試みんとす。而して先づ其の『正義』より之を説かん。

現代語訳

中国やインドでは、人の優劣は主に気力と知識の程度にあるようですが、日本ではこれと異なり、人の差は品性の独自性の多少にあります。そもそも一人一人が独立した人格を持つことは、優れた民族のしるしであり、すでに発達した文明の証書です。ニーチェの得意の言葉を借りて言えば、アジア大陸においては人はその平原のようであるが、日本ではこれに反し、ヨーロッパと同じく、要するにその民はその山岳のようです。メール氏が論評した国民、すなわちわが大和民族が共有する特別な性格であり、また武士道の大本であるものについて、私たちは今ここで日本人の立場からその解明を試みます。まずその正義から説きましょう。

解説

第二章の結びで、次章への橋が架けられます。平原と山岳という比喩で、均質な民と凹凸のある民を言い分けています。ただし、中国やインドとの比較は当時の欧米の東洋観に沿ったもので、根拠の薄い一般化を含みます。大事なのは最後の一行で、日本人自身の立場から説明するという宣言です。外から見られた東洋ではなく、内側から出す説明としてこの本が書かれていることが、ここで改めて確認されます。

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