武士道 / 第一章 武士道の倫理系・卑怯と未練は最も醜い蔑辞
『卑怯』、『未練』は、健全、質朴なる人格の受くる最醜の蔑辭なりとすることや、小兒は此觀念を以て世に生まれ、武士も亦た然り。されど人生の擴大し、其關係の多方面に渉るに從ひ、初時の簡易なる信仰より進みて、自己の行爲の是認せられ、且つ滿足と發達とを與へらるべき、一層高尙なる權能の批准と、一層合理なる準據とを求むるに至る。若し夫れ武邊の利害のみを主眼となして、之を支ふるに高き道義の有る無かりせば、武士の理想の武士道に到達せざりしこと幾許大なるべきぞ。歐洲の基督教は騎士によりて、窓に解釋適用せられたりと雖、尙ほ此れによりて、其武士道に供するに、靈性の因素を以てしたり。ラマルタン曰く、『宗教、戰爭、名譽は、圓滿なる基督教武士の三魂なり』と。
新字:『卑怯』、『未練』は、健全、質朴なる人格の受くる最醜の蔑辞なりとすることや、小児は此観念を以て世に生まれ、武士も亦た然り。されど人生の擴大し、其関係の多方面に渉るに従ひ、初時の簡易なる信仰より進みて、自己の行為の是認せられ、且つ満足と発達とを与へらるべき、一層高尚なる権能の批准と、一層合理なる準拠とを求むるに至る。若し夫れ武辺の利害のみを主眼となして、之を支ふるに高き道義の有る無かりせば、武士の理想の武士道に到達せざりしこと幾許大なるべきぞ。欧洲の基督教は騎士によりて、窓に解釈適用せられたりと雖、尚ほ此れによりて、其武士道に供するに、霊性の因素を以てしたり。ラマルタン曰く、『宗教、戦争、名誉は、円満なる基督教武士の三魂なり』と。
書き下し
『卑怯』『未練』は、健全、質朴なる人格の受くる最醜の蔑辞なりとすることや、小児は此観念を以て世に生まれ、武士も亦た然り。されど人生の拡大し、其関係の多方面に渉るに従ひ、初時の簡易なる信仰より進みて、自己の行為の是認せられ、且つ満足と発達とを与へらるべき、一層高尚なる権能の批准と、一層合理なる準拠とを求むるに至る。もし夫れ武辺の利害のみを主眼となして、之を支ふるに高き道義の有る無かりせば、武士の理想の武士道に到達せざりしこと、幾許大なるべきぞ。欧洲の基督教は騎士によりて、恣に解釈適用せられたりと雖、なお此れによりて、其武士道に供するに、霊性の因素を以てしたり。ラマルティーヌ曰く、『宗教、戦争、名誉は、円満なる基督教武士の三魂なり』と。
現代語訳
卑怯、未練は、健全で素朴な人格が受ける最も醜い蔑みの言葉です。子どもはこの観念を持って世に生まれ、武士もまたそうでした。しかし人生が広がり、その関わりが多方面に及ぶにつれて、最初の単純な信念から進んで、自分の行いが認められ、満足と成長を与えられるような、より高尚な権威の裏づけと、より合理的な拠りどころを求めるようになります。もし武辺の利害だけを主眼として、それを支える高い道義がなかったなら、武士の理想が武士道に到達しなかったことはどれほど大きかったでしょう。ヨーロッパのキリスト教は騎士によって勝手に解釈され適用されましたが、それでもこれによって騎士道に霊性の要素が供えられました。ラマルティーヌは言いました。宗教、戦争、名誉は、満ち足りたキリスト教武士の三つの魂である、と。
解説
この章句が説くこと
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