武士道 / 第一章 武士道の倫理系・さむらひは家来の意である
然るに英國に於ては、ウイリアム(服服王)以前、旣に久しく封建社會の要素の存在せるを認め、日本封建亦た必ずしも鎌倉時代を待つて初めて播種せられたるものにあらず。歐洲に於けるも亦た日本に於けるも、封建制度の確立せらるゝや、即ち武門武士なるもの自から頭角を露はし來れり。此輩を稱して「さむらひ侍』と云ふは、字義より推すに、上古の英國に於ける『スナイト』(cniht,knecht,knight)に等しく、家來又は侍臣の謂にして、其地位たる、大シーザーの書に、アキタニアに在りたりと記せる、『ソルジユリイ』(soldurii)若くは、タシタスの古史に散見せる彼が時世の獨逸種族の酋長に隷屬したりし『コミタチ』(comitati)と相似たり。
新字:然るに英国に於ては、ウイリアム(服服王)以前、旣に久しく封建社会の要素の存在せるを認め、日本封建亦た必ずしも鎌倉時代を待つて初めて播種せられたるものにあらず。欧洲に於けるも亦た日本に於けるも、封建制度の確立せらるゝや、即ち武門武士なるもの自から頭角を露はし来れり。此輩を称して「さむらひ侍』と云ふは、字義より推すに、上古の英国に於ける『スナイト』(cniht,knecht,knight)に等しく、家来又は侍臣の謂にして、其地位たる、大シーザーの書に、アキタニアに在りたりと記せる、『ソルジユリイ』(soldurii)若くは、タシタスの古史に散見せる彼が時世の独逸種族の酋長に隷属したりし『コミタチ』(comitati)と相似たり。
書き下し
然るに英国に於ては、ウィリアム(征服王)以前、既に久しく封建社会の要素の存在せるを認め、日本封建も亦た必ずしも鎌倉時代を待つて初めて播種せられたるものにあらず。欧洲に於けるも亦た日本に於けるも、封建制度の確立せらるるや、即ち武門武士なるもの、自から頭角を露はし来れり。此輩を称して「さむらひ・侍」と云ふは、字義より推すに、上古の英国に於ける「クニヒト」(cniht, knecht, knight)に等しく、家来又は侍臣の謂にして、其地位たる、大シーザーの書に、アキタニアに在りたりと記せる「ソルドゥリイ」(soldurii)若くは、タキトゥスの古史に散見せる、彼が時世の独逸種族の酋長に隷属したりし「コミタチ」(comitati)と相似たり。
現代語訳
しかしイギリスにおいては、征服王ウィリアム以前にすでに長く封建社会の要素が存在したと認められ、日本の封建も必ずしも鎌倉時代を待って初めて種が播かれたものではありません。ヨーロッパでも日本でも、封建制度が確立すると、武門の武士というものが自然と頭角を現してきました。この者たちを、さむらい、侍と呼ぶのは、字義から推すに、古代イギリスのクニヒト、すなわちナイトの語源と同じで、家来あるいは侍臣の意味です。その地位は、カエサルの書にアキタニアにいたと記されるソルドゥリイ、あるいはタキトゥスの古史に散見する、当時のゲルマン民族の首長に従属したコミタトゥスと似ています。
解説
この章句が説くこと
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