武士道 / 譯序・亡児立夫の霊に供う
されば予は愛兒の訃を博士に報ずると共に、此事を陳じて、此譯書に留むるに立夫の名を以てして其靈に供へ、且つ以て我一家の悲愁を慰すされど菲才なる予が文章彫明治四十一年二月十日るを得んことを請へり。亡兒立夫の靈を祀る英文武士道の和譯を獻じて新渡戶博士の名著父讀者亦た幸に予が私情を有せ。櫻井鷗村識
新字:されば予は愛児の訃を博士に報ずると共に、此事を陳じて、此訳書に留むるに立夫の名を以てして其霊に供へ、且つ以て我一家の悲愁を慰すされど菲才なる予が文章彫明治四十一年二月十日るを得んことを請へり。亡児立夫の霊を祀る英文武士道の和訳を献じて新渡戸博士の名著父読者亦た幸に予が私情を有せ。桜井鷗村識
書き下し
されば予は愛児の訃を博士に報ずると共に、此事を陳じて、此訳書に留むるに立夫の名を以てして其霊に供へ、且つ以て我一家の悲愁を慰するを得んことを請へり。亡児立夫の霊を祀る。英文武士道の和訳を献じて、新渡戸博士の名著、読者亦た幸に予が私情を有せよ。明治四十一年二月十日。桜井鷗村識。
現代語訳
そこで私は愛児の死を博士に報せるとともに、この事情を述べて、この訳書に立夫の名を留めてその霊に供え、また我が家の悲しみを慰めることを許してほしいと願いました。亡き子・立夫の霊を祀ります。英文武士道の和訳を献じて。新渡戸博士の名著。読者もどうか私の私情を分かってください。明治四十一年二月十日。桜井鴎村。
解説
訳者が訳書を亡き子に献げる、という短い一段です。原著者に許可を求めたうえで、翻訳という他人の仕事に自分の子の名を留めた。なお、この箇所は底本のOCRが乱れており文の続きが崩れていますが、趣旨は読み取れます。読者にも私情を分かってほしいと頼む一行で閉じられるのが率直で、公の書物の入り口に私の悲しみを置くことを、詫びながら押し通しています。
この章句が説くこと
献辞私情死翻訳追悼
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