文武訓 / 武訓下
一將たる人、號令明かにしてあやまらず、賞罰信ありてちがはず、士卒と苦樂を同じくし、われひとり樂まず、寒暑をも士卒と同じくし、士卒をいたはりてくるしめず。かくの如くすれば、士卒上におもひ附きて、死力をつくす。
新字:一将たる人、号令明かにしてあやまらず、賞罰信ありてちがはず、士卒と苦楽を同じくし、われひとり楽まず、寒暑をも士卒と同じくし、士卒をいたはりてくるしめず。かくの如くすれば、士卒上におもひ附きて、死力をつくす。
書き下し
一将たる人、号令明かにしてあやまらず、賞罰信ありてちがはず、士卒と苦楽を同じくし、われひとり楽まず、寒暑をも士卒と同じくし、士卒をいたはりてくるしめず。かくの如くすれば、士卒上におもひ附きて、死力をつくす。
現代語訳
将たる人が、号令を明らかにして誤らず、賞罰に信があって食い違いがなく、兵士と苦楽を同じくし、自分一人だけ楽しまず、寒さ暑さも兵士と同じくし、兵士をいたわって苦しめない。このようにすれば、兵士は上に心を寄せて、死力を尽くします。
解説
人を率いる者の条件を簡潔にまとめた条です。命令の明確さ、賞罰の公正さ、そして部下と苦楽を共にすることの三つが挙げられています。兵と同じ物を食べ、同じ寒さに耐えた将の話は、戦国時代の兵法家呉起の逸話などとして古くから伝わっています。現代の職場でも、指示があいまいで評価が不公平、しかも自分だけ楽をする上司には誰もついていきません。言うことが明確で、公平で、同じ現場に立つ人のもとでこそ、人は本気で力を出すのです。
この章句が説くこと
将賞罰公平苦楽信頼リーダー
関連する章句
-
『童子問』卷中問ふ。何を以てか賞罰能く其の功罪に当たることを得ん。曰く、賞罰各其の功罪に当たらんことを欲する者は、政を為す者の心なり。然れども賞罰各其の功罪に当たらんと欲すれば、則ち罰は必ず過ぎて、賞は必ず及ばず。罰過ぎて賞及ばざれば、則ち人心睽く。人心睽けば、則ち国危ふし。故に聖人は其の賞を過ぎて、其の罰を減ず。其の賞を過ぎて、其の罰を減ずれば、則ち賞罰自ら其の当を得。書に曰く、罪の疑はしきは惟軽くし、功の疑はしきは惟重くす。其の不辜を殺さんよりは、寧ろ不経に失せよ、と。是れなり。孔子曰く、惟仁者のみ能く人を好み、能く人を悪む、と。蓋し人の善を好むは、毎に及び難く、而して人の悪を悪むは、必ず過ぎ易し。惟仁人は人を愛すること深し。故に好悪能く其の実に中る。賞罰の能く其の功罪に当たるも、亦然り。
-
『韓非子』外儲說左下第三十三孔子曰く、「善く吏為る者は徳を樹て、吏為ること能はざる者は怨みを樹つ。槩は、量を平らかにする者なり。吏は、法を平らかにする者なり。国を治むる者は、平を失ふべからざるなり。」田子方斉より魏に之く、翟黄の軒に乗り騎駕して出づるを望み、方以て文侯と為すや、車を移し路を異にして之を避く、則ち徒だ翟黄なり。方問ひて曰く、「子奚ぞ是の車に乗るや。」曰く、「君謀りて中山を伐たんと欲す、臣翟角を薦めて謀果を得たり。且に之を伐たんとす、臣楽羊を薦めて中山抜く。中山を得て、之を治めんことを憂ふ、臣李克を薦めて中山治まる、是を以て君此の車を賜ふ。」方曰く、「寵の功に称ふこと尚ほ薄し。」秦・韓魏を攻む、昭卯西に説きて秦・韓罷む。斉・荊魏を攻む、卯東に説きて斉・荊罷む。魏の襄王之を養ふに五乗を以てす。卯曰く、「伯夷将軍を以て首陽山の下に葬らる、而して天下曰く、夫の伯夷の賢と其の仁を称せらるるとを以て、而も将軍を以て葬らるるは、是れ手足掩はれざるなり、と。今臣四国の兵を罷め、而して王乃ち臣に五乗を与ふ、此れ其の功に称ふこと、猶ほ嬴勝して蹻を履むがごとし。」
-
『論語と算盤』処世と信条・時期を待つの要ありこれに反し、民間にある者は、少しでも不都合の所為があれば、直ちに摘発されて、たちまち縲紲の憂き目に遇わねばならなくなる。不都合の所為あるものはすべて罰せねばならぬとならば、その間に朝にあると野にあるとの差別を設け、一方は寛に一方は酷であるようなことがあってはならぬ。もし大目に看過すべきものならば、民間にある人々に対しても官にある人々に対すると同様に、これを看過して然るべきものである。しかるに日本の現状は、今もって官民の別により寛厳の手心を異にしている。また民間にある者がいかに国家の進運に貢献するような功績を挙げても、その功が容易に天朝に認められぬに反し、官にある者は寸功があったのみでも、すぐにそれが認められて恩賞にあずかるようになる。
-
『大和俗訓』巻之八・応接一事に処るには、よく思案し、しづかに行ふべし。よく思案すれば、理にそむかず。しづかに行へば、過すくなし。一下に対するに、わが心にひいき偏頗の私なかるべし。我が心に合ひたる者をばひとへに愛し、気に不合者をば偏に悪むは、是愛憎の私なり。如此すれば、人に施すに過不及ありて、公ならず。衆人は、愛過ぐれば奢る。愛せざれば恨む。是偏愛偏憎の私よりおこる。人に対し下に施すに、私なくして、其人の貴賤親疎功罪賢愚にしたがひて、与ふべきほどあたへ、与へまじきには与へず。かくの如くなれば、幸不幸なく、過不及なくして、諸人のいきどほりなし。人々其処を得て、不足のうらみなし。是平かにするなり。
-
『鬼谷子』符言篇德の術に曰く、堅くして之を拒む勿かれ、と。之を許せば則ち防ぎ守り、之を拒めば則ち閉じ塞がる。高山は之を仰げば極むべく、深淵は之を度れば測るべし。神明の徳術は正靜にして、其れ之を極むる莫し。右は徳を主どる。賞を用うるは信を貴び、刑を用うるは正を貴ぶ。賞賜は信を貴び、必ず耳目の見聞する所に驗す。其の見聞せざる所の者も、闇に化せざる莫し。誠は天下神明に暢び、而るを况んや姦者の君を干すをや。右は賞を主どる。
-
尚書・盤庚上古我が先王、乃の祖乃の父と暨(とも)に、胥(あひ)逸勤を及にす。予敢て非罰を動用せんや。世々爾の労を選び、予爾の善を掩はず。茲に予大いに先王を享(まつ)り、爾の祖其れ従ひて与に之を享く。福を作し災を作す、予も亦敢て非徳を動用せず。予汝に難きを告ぐ、射るの志有るが若し。汝老成人を侮ること無かれ、孤有幼を弱んずること無かれ。各々厥の居に長じ、勉めて乃の力を出し、予一人の作す猷(はかりごと)を聴け。遠邇有る無く、罪を用て厥の死を伐ち、徳を用て厥の善を彰す。邦の臧(よ)きは、惟れ汝衆なり。邦の臧からざるは、惟れ予一人佚罰有り。凡そ爾衆、其れ惟れ致し告げよ。今より後日に至るまで、各々爾の事を恭しくし、乃の位を斉へ、乃の口を度れ。罰爾の身に及ばば、悔ゆべからず。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る