文武訓 / 武訓下
一弓をみたらしといひ、太刀をみはかしといふこと、仔細あり。一三代の將、道家の忌む所、將はおほく人を殺す故、父子孫三代つゞきて將となれば、人をころすこと多し。天道のにくみ給ふ所なる故、必ず子孫ほろぶ。天道おそるべし。もし、良將人を殺すことを好まずして、戰はずして勝ち、謀を以て敵を降らしめ、戰にのぞんでも、陣を多くくづして敵に勝てば、敵身方人は多く亡びず。故に良將の戰は、敵も身方も人多くは殺さず。暗將は兵の道を知らず、敵を多くころすを手がらとおもふ、愚なり。人を殺すことを好まずんば、將たること幾代つゞきても、家の亡ぶるには至らじ。
新字:一弓をみたらしといひ、太刀をみはかしといふこと、仔細あり。一三代の将、道家の忌む所、将はおほく人を殺す故、父子孫三代つゞきて将となれば、人をころすこと多し。天道のにくみ給ふ所なる故、必ず子孫ほろぶ。天道おそるべし。もし、良将人を殺すことを好まずして、戦はずして勝ち、謀を以て敵を降らしめ、戦にのぞんでも、陣を多くくづして敵に勝てば、敵身方人は多く亡びず。故に良将の戦は、敵も身方も人多くは殺さず。暗将は兵の道を知らず、敵を多くころすを手がらとおもふ、愚なり。人を殺すことを好まずんば、将たること幾代つゞきても、家の亡ぶるには至らじ。
書き下し
一弓をみたらしといひ、太刀をみはかしといふこと、仔細あり。一三代の将、道家の忌む所、将はおほく人を殺す故、父子孫三代つづきて将となれば、人をころすこと多し。天道のにくみ給ふ所なる故、必ず子孫ほろぶ。天道おそるべし。もし、良将人を殺すことを好まずして、戦はずして勝ち、謀を以て敵を降らしめ、戦にのぞんでも、陣を多くくづして敵に勝てば、敵身方人は多く亡びず。故に良将の戦は、敵も身方も人多くは殺さず。暗将は兵の道を知らず、敵を多くころすを手がらとおもふ、愚なり。人を殺すことを好まずんば、将たること幾代つづきても、家の亡ぶるには至らじ。
現代語訳
弓を「みたらし」と言い、太刀を「みはかし」と言うことには、いわれがあります。三代続く将は道家の忌むところです。将は多くの人を殺すので、父・子・孫と三代続けて将となれば、人を殺すことが多い。天道の憎まれるところなので、必ず子孫が滅びます。天道は畏るべきものです。もし良将が人を殺すことを好まず、戦わずに勝ち、謀によって敵を降参させ、戦に臨んでも陣を多く崩して敵に勝てば、敵味方の人は多くは死にません。だから良将の戦は、敵も味方も人を多くは殺しません。暗愚な将は兵の道を知らず、敵を多く殺すことを手柄と思います。愚かなことです。人を殺すことを好まなければ、将であることが何代続いても、家が滅びるには至らないでしょう。
解説
この章句が説くこと
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