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武訓 / 上・第2段

凡、武士となる者は、忠孝義理の志なくしては、武勇おろそかに、節義闕けて、奉公の道たゝず。又、武士の家に生れ、兵術武藝をしらず、武具をそなへず、軍用乏しくしては、たとひ、心たけくとも、武勇のつとめおろそかなるべし。故に、武士の道、內には、忠孝義理を以て本として、兵法をしり、外には、武藝をならひ、武備ともしからざるを以て助とす。武士として、忠孝義理の道をしらず、兵法武藝にうとく、武備なくんば、武士の業を失へりといふべし。武藝は、匹夫の勇のはたらきなり。其の位に應じて學ぶべし。大人は、武藝に、專一に心を用ふべからず。藝になづめば道行はれず。武備は、かねて定め置くべし。平生無事の時、心を用ひ、其の分限に應じて、人馬武具、家人の兵器、馬具、金銀、米錢等まで、かねてそなへ置き、籍にしるし、不足なく用意すべし。出陣の時にのぞみては、兼て定めし制法にしたがひ、何の用意もなく、何時も、即時に打立つやうにすべし。凡、事豫則立とは是なり。何事も、かねて用意なくしては、俄の時につまづくものなり。

新字:凡、武士となる者は、忠孝義理の志なくしては、武勇おろそかに、節義闕けて、奉公の道たゝず。又、武士の家に生れ、兵術武芸をしらず、武具をそなへず、軍用乏しくしては、たとひ、心たけくとも、武勇のつとめおろそかなるべし。故に、武士の道、内には、忠孝義理を以て本として、兵法をしり、外には、武芸をならひ、武備ともしからざるを以て助とす。武士として、忠孝義理の道をしらず、兵法武芸にうとく、武備なくんば、武士の業を失へりといふべし。武芸は、匹夫の勇のはたらきなり。其の位に応じて学ぶべし。大人は、武芸に、専一に心を用ふべからず。芸になづめば道行はれず。武備は、かねて定め置くべし。平生無事の時、心を用ひ、其の分限に応じて、人馬武具、家人の兵器、馬具、金銀、米銭等まで、かねてそなへ置き、籍にしるし、不足なく用意すべし。出陣の時にのぞみては、兼て定めし制法にしたがひ、何の用意もなく、何時も、即時に打立つやうにすべし。凡、事予則立とは是なり。何事も、かねて用意なくしては、俄の時につまづくものなり。

書き下し

凡、武士となる者は、忠孝義理の志なくしては、武勇おろそかに、節義闕けて、奉公の道たゝず。又、武士の家に生れ、兵術武藝をしらず、武具をそなへず、軍用乏しくしては、たとひ、心たけくとも、武勇のつとめおろそかなるべし。故に、武士の道、內には、忠孝義理を以て本として、兵法をしり、外には、武藝をならひ、武備ともしからざるを以て助とす。武士として、忠孝義理の道をしらず、兵法武藝にうとく、武備なくんば、武士の業を失へりといふべし。武藝は、匹夫の勇のはたらきなり。其の位に應じて學ぶべし。大人は、武藝に、專一に心を用ふべからず。藝になづめば道行はれず。武備は、かねて定め置くべし。平生無事の時、心を用ひ、其の分限に應じて、人馬武具、家人の兵器、馬具、金銀、米錢等まで、かねてそなへ置き、籍にしるし、不足なく用意すべし。出陣の時にのぞみては、兼て定めし制法にしたがひ、何の用意もなく、何時も、即時に打立つやうにすべし。凡、事豫則立とは是なり。何事も、かねて用意なくしては、俄の時につまづくものなり。

現代語訳

およそ武士となる者は、忠孝義理の志がなければ、武勇はおろそかになり、節義は欠けて、奉公の道が立ちません。また、武士の家に生まれながら、兵術や武芸を知らず、武具をそなえず、軍用が乏しいようでは、たとえ心が猛々しくても、武勇のつとめはおろそかになるでしょう。それゆえ武士の道は、内には忠孝義理を本として兵法を知り、外には武芸を習い、武備を欠かさないことを助けとします。武士として、忠孝義理の道を知らず、兵法や武芸にうとく、武備もないのでは、武士の業を失ったと言うべきです。武芸は、匹夫の勇のはたらきです。その身分に応じて学ぶべきです。身分の高い人は、武芸に専ら心を用いてはなりません。芸にこだわると道が行われなくなります。武備は、前もって定めておくべきです。平生何事もない時に心を用い、その分限に応じて、人馬・武具・家人の兵器・馬具・金銀・米銭などまで、あらかじめ備えておき、帳簿に記して、不足なく用意すべきです。出陣の時にあたっては、前から定めた制法に従い、何の用意もなくとも、いつでもただちに出立できるようにすべきです。およそ事は前もって備えれば成るとは、このことです。何事も、前もっての用意がなければ、急な時につまずくものです。

解説

ここでは、内の志と外の備えの両方が必要だと説かれます。志だけあっても武具や軍用が乏しければつとめは果たせず、備えだけあっても志がなければ奉公は立ちません。注目したいのは、備えを平生の無事な時に定め、帳簿に記しておくという具体的な話です。いざという時に即座に動けるのは、日ごろの用意があるからだという、「事豫則立」の考え方です。いまの職場なら、緊急対応の手順、人員、予算の見積もりを平時に整えておくことに当たります。一方で、身分の高い者は芸に没頭するなとあるのは、上に立つ人ほど細部の腕前より全体の差配に力を注げという意味に読めます。

この章句が説くこと

事前の備え武備忠孝義理分限平時の用意武訓

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