武訓 / 序・第2段
先生世を謝し給へる後、若干の遺編皆篋笥の裏に藏れて、いまだ世に行はれず。定直比年江府に在りて是を歎くこと久し。しば〱鄕邑の同志にせうそこし、先生の遺書を廣めんことをすゝむ。幸に近比同志のもとより此編を凈寫し、文訓とおなじく寄せ來りぬ。仍て京師に送り梓に登せて、是を四方と共にするものなり。かくする中に初學訓亦來れり、繼て出すべし。享保丙申季冬竹田直定書
新字:先生世を謝し給へる後、若干の遺編皆篋笥の裏に蔵れて、いまだ世に行はれず。定直比年江府に在りて是を嘆くこと久し。しば〱郷邑の同志にせうそこし、先生の遺書を広めんことをすゝむ。幸に近比同志のもとより此編を浄写し、文訓とおなじく寄せ来りぬ。仍て京師に送り梓に登せて、是を四方と共にするものなり。かくする中に初学訓亦来れり、継て出すべし。享保丙申季冬竹田直定書
書き下し
先生世を謝し給へる後、若干の遺編皆篋笥の裏に藏れて、いまだ世に行はれず。定直比年江府に在りて是を歎くこと久し。しば〱鄕邑の同志にせうそこし、先生の遺書を廣めんことをすゝむ。幸に近比同志のもとより此編を凈寫し、文訓とおなじく寄せ來りぬ。仍て京師に送り梓に登せて、是を四方と共にするものなり。かくする中に初學訓亦來れり、繼て出すべし。享保丙申季冬竹田直定書
現代語訳
先生が世を去られたのち、いくらかの遺稿はみな箱の底に蔵されたまま、まだ世に行われていません。定直は近年江戸にあって、これを嘆くことが久しく、たびたび郷里の同志に便りを送り、先生の遺書を広めることを勧めました。幸い近ごろ、同志のもとからこの編を清書したものが、文訓と同じく送られてきました。そこで京都に送って版木に彫らせ、これを広く世の人々と共にするものです。そうしているうちに初学訓も届きました。続いて出すつもりです。享保丙申の冬の末、竹田直定が記す。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士訓』跋右武士訓五卷。應友人之需。編輯之。正德五年正月 日
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『武訓』序・第1段文といひ、武といふ、分ちて是をいへば其の用大に同じからず。故に車の兩輪鳥の兩翼にたとへて、其一を闕くことあたはざることをいへるも、おなじからざるあとにつきて、文武の二を對しいへるのみ。合せて是れをいへば文武只一德にして、文の中に武あり、武の中に文あること、猶陰陽のたがひに根ざすがごとし。故に文なき武はまことの武にあらじ。わが國中頃保元平治より天正文祿の間にいたるまで、爭亂相踵で治日まれなりしかば、士人戎事に暇なく、文學をしるものすくなく、其の武とする所血氣の勇のみにして、眞の武道をしらず、勇俠刺客のしわざのごときを尙ぶこと風俗となり、其の餘習猶近世に及べり。今太平の化あまねく行はれ、四の海波しずかにして、人文日々に盛なれば、聖賢の遺訓家々に傳はり戶々に誦す。しかれども猶無學の輩は文武のことわりを辯へず、習俗にひかれてひが心得も有るべし。或は生質柔懦にして、治平に武をわすれざるの誠をおもはぬ輩も有るべし。先生俗士のために文武の二訓を著はし、其のことわりを辯明し給ふ。其の詞は假字にして讀みやすく、其の意は聖賢の正しきすぢを述べ給ふこと親切著明にして、且目今の時宜にかなはざることなし。世敎に補あること豈小ならんや。
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『文武訓』文訓下一わが輩の作り出せるつたなきふみは、漢字も国字もあさはかなれば、人の見るめも恥しけれど、もとより天地の御めぐみ、殊にふかくかうぶりぬれば、其万一をむくい奉らんとするも、おほけなくてそらおそろしけれど、字を知らぬ人と、小児のともがらのために、かかるよしなしごとを書きつづけ侍り。凡、人と生れては、官位の高下、財禄の多少によらず、諸人のために、益となることをつとめなすべし。もしわが名をとらんとて、人に益なきことをすすむるは、世のたからをつひやし、人の補とならず、わが輩恥づべし。もし、民用の助にだにならば、鄙事小説をしるしあらはすとも、いやしみて益なしとすべからず。道学の名を立つる君子のそしりも恥づべからず。中華の文字をよみ、義理の学のため書を作らん事、中華の先正の説、すでに明らかにして備れり。わが輩愚不肖のつくれる書は、かへつて無用の贅言なるべし。
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『文武訓』文訓上之末一わが名をあらはさんとて、わがともがら、いやしき詩文を作り、人に見せ、世に伝へんとすること、無益のことなり。われら文学ともしければ、つくれる文字つたなく、其上ひがごと多し。わがひが事はみづから見えず、人も云はず、かげにて人にわらはれ、後人にそしられんもくちをし。名を得んとて名をうしなひ、ほまれを得んとてそしりを得ること、おろかなることなるべし。されど、天才ありてたくみなる人は、其の心にまかせ給ふべきにや。わがかかるあさはかなるつたなき書を作るは、只小児の輩に知らしめんため、又わが志す所あれば、やむ事を得がたくして、わが拙きを忘るるなり。
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『文武訓』文訓下之末一和漢の人、古今書を著はせる多し。豪傑の作れる書は、まことにわが如き愚者は間然しがたし。才俊の士といへども、若其あらはす所、聖賢の学にあらず、有用の言にあらずんば、文章ことにうるはしくとも、民用の資とならず、無用の書なるべし。民用の助とならば、居家必用、農政全書、済民要術の類といへども、有用の書とすべし。今の時、わが輩才学つたなき者の作にていはば、ぬかみそひしほの製法をしるせる書民用の助とならば有益の書なり。もし宋儒に阿り諛ひて雷同し、発明することなく同じこといはば、高く道徳性命を談ずとも、無用の学なるべし。
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『君子訓』序此大なる御恵を報い奉らんことは、誠に昊天のきはまり無きが如くなるべし。凡民を治むるには、古の聖の道を法とする事は、言ふもさらなれど、今の世の人、多くは経史に昧く、又官職に居る人は、学ぶに暇なくして、古の経済の道にうとし。爰に我が愚昧をわすれて、かつて聞ける所を述べて、いささか古の道の片はしをあらはす。ひたすら無学の人のため、国字をもてしるし侍る。僭卒の罪のがれ難しと雖も、公侯大人の見聞に富める人のために記すにはあらず。唯一村を治むる小吏、一郡を預る代官のうちに、古の道に志ありて、経史を見聞するに便なき人のため、もしくは小補にもなりぬべく思ひてなり。是我がこの治まれる世の楽をうけたる大なる御恵を報い奉るかたはしになんありける。
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