武事提要 / 練武之大意・善を上げて賞し、悪は自ずから退く
第二賞罰を明也、人の君としては善を賞し、惡を罰するは人の常とは有之といへども、心を付善を上惡を退を尊とする也、此段疎なれば必士卒惰、惰ば戰起と、愼むべき也、愚案に、天下國家共に賞を第一として、是を常々思慮あるべきと也、常々の思慮と云は、諸將萬士の內善者を取出して官位、坐席、加恩、褒美、其人々により賞あるべきと也、たとへば大身中身小身共に善者有之其支配にまねき、又は尊城貴館へ呼、其方事、奉公之道正しく、父母類葉に心入厚く、一身の言行共に諸人にすぐれ、事宜之儀達高聽、別して尊君之喜悅不淺、依之何品に被遊、何支配に被仰付、何々被下之、猶々相愼て相勤るに於ては、急度御取上可被下之之旨申渡之、只今迄の次第とは格別宜躰、他外へ其聞其響有之ときは、天下は天下の人品相愼一身の明正となる、國家共に同事にして惡者必退くべし、世人皆法にそむく者罰するとは、のがれざるといへども、善者の撰無之に付、人品宜者も終にいさまずして惡者も隱れ居に至る、しかも善には難移、惡にうつり安きものなれば、唯々善を上を專とするを本とす、惡は退に不及、をのづから退きをのづから善にひるがへるもの也、大身の內にても善者は五七人には越べからず、中身にても十人二十人には過べからず、
新字:第二賞罰を明也、人の君としては善を賞し、悪を罰するは人の常とは有之といへども、心を付善を上悪を退を尊とする也、此段疎なれば必士卒惰、惰ば戦起と、慎むべき也、愚案に、天下国家共に賞を第一として、是を常々思慮あるべきと也、常々の思慮と云は、諸将万士の内善者を取出して官位、坐席、加恩、褒美、其人々により賞あるべきと也、たとへば大身中身小身共に善者有之其支配にまねき、又は尊城貴館へ呼、其方事、奉公之道正しく、父母類葉に心入厚く、一身の言行共に諸人にすぐれ、事宜之儀達高聴、別して尊君之喜悦不浅、依之何品に被遊、何支配に被仰付、何々被下之、猶々相慎て相勤るに於ては、急度御取上可被下之之旨申渡之、只今迄の次第とは格別宜体、他外へ其聞其響有之ときは、天下は天下の人品相慎一身の明正となる、国家共に同事にして悪者必退くべし、世人皆法にそむく者罰するとは、のがれざるといへども、善者の撰無之に付、人品宜者も終にいさまずして悪者も隠れ居に至る、しかも善には難移、悪にうつり安きものなれば、唯々善を上を専とするを本とす、悪は退に不及、をのづから退きをのづから善にひるがへるもの也、大身の内にても善者は五七人には越べからず、中身にても十人二十人には過べからず、
書き下し
第二賞罰を明也、人の君としては善を賞し、惡を罰するは人の常とは有之といへども、心を付善を上惡を退を尊とする也、此段疎なれば必士卒惰、惰ば戰起と、愼むべき也、愚案に、天下國家共に賞を第一として、是を常々思慮あるべきと也、常々の思慮と云は、諸將萬士の內善者を取出して官位、坐席、加恩、褒美、其人々により賞あるべきと也、たとへば大身中身小身共に善者有之其支配にまねき、又は尊城貴館へ呼、其方事、奉公之道正しく、父母類葉に心入厚く、一身の言行共に諸人にすぐれ、事宜之儀達高聽、別して尊君之喜悅不淺、依之何品に被遊、何支配に被仰付、何々被下之、猶々相愼て相勤るに於ては、急度御取上可被下之之旨申渡之、只今迄の次第とは格別宜躰、他外へ其聞其響有之ときは、天下は天下の人品相愼一身の明正となる、國家共に同事にして惡者必退くべし、世人皆法にそむく者罰するとは、のがれざるといへども、善者の撰無之に付、人品宜者も終にいさまずして惡者も隱れ居に至る、しかも善には難移、惡にうつり安きものなれば、唯々善を上を專とするを本とす、惡は退に不及、をのづから退きをのづから善にひるがへるもの也、大身の內にても善者は五七人には越べからず、中身にても十人二十人には過べからず、
現代語訳
第二は、賞罰を明らかにすることです。人の君としては、善を賞し悪を罰するのは人の常のこととされていますが、心を付けて善を上げ悪を退けることを尊びます。この点が疎かであれば、必ず士卒が怠り、怠れば戦が起こると言いますから、慎むべきです。私の考えでは、天下国家ともに賞を第一として、これを常々思慮すべきだということです。常々の思慮というのは、諸将・万士のうち善い者を取り出して、官位・座席・加恩・褒美を、その人々に応じて賞すべきだということです。たとえば、大身・中身・小身ともに善者があれば、その支配に招き、あるいは尊い城や館へ呼んで、「その方は、奉公の道が正しく、父母・親族に心入れが厚く、一身の言行ともに人にすぐれていることが高聴に達し、とりわけ尊君のお喜びは浅くない。これによって何の品を、何の支配を仰せ付けられ、何々を下される。なお慎んで勤めるならば、きっと取り立てて下さる」という旨を申し渡す。ただ今までの様子とは格別によい様子で、他へもその聞こえ・響きがあるときは、天下は天下の人品が互いに慎んで一身の明正となる。国家も同じことで、悪者は必ず退きます。世の人はみな、法にそむく者を罰することは逃れられないとしても、善者の選びがないために、人品のよい者もついに励まず、悪者も隠れ居るに至ります。しかも、善には移りがたく悪には移りやすいものなので、ただただ善を上げることを専らとするのを本とします。悪は退けるに及ばず、おのずから退き、おのずから善にひるがえるものです。大身のうちでも善者は五人七人を超えず、中身でも十人二十人を過ぎず、
解説

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『武治提要』賞罰・第1段人情をして進退抑揚なさしむるものは、賞罰なり。千萬人の情をして、一齊に進退を共になさしむること、何を以て然ることを得んや。而も能如此御するにあらずんば、三軍の衆を驅て何ぞ敵を制することあらん。故に賞罰は將の柄なり。暫も此柄を握らざるときは、將威廢す。廢するときは、軍政成ことなし。此故に賞罰を以て將の重任とす。
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