墨子 / 雜守
取疏,令民家有三年畜蔬食,以備湛旱、嵗不為常。令邉縣豫種畜芫、芸、烏喙、袾葉,外宅溝井可寘塞,不可,置此其中。安則示以危,危示以安。
新字:取疏,令民家有三年畜蔬食,以備湛旱、歳不為常。令邉県予種畜芫、芸、烏喙、袾葉,外宅溝井可寘塞,不可,置此其中。安則示以危,危示以安。
書き下し
疏を取り、民の家をして三年の畜蔬食有らしめ、以て湛旱に備う。嵗、常と為さず。邉縣をして豫め芫・芸・烏喙・袾葉を種え畜えしめ、外宅の溝井、寘ぎ塞ぐ可くば、可ならざれば、此を其の中に置く。安ければ則ち示すに危を以てし、危うければ示すに安を以てす。
現代語訳
野菜を取り、民の家に三年分の蓄えの菜を持たせて、長雨や日照りに備える。年ごとの作柄は当てにならないからである。辺境の県には、あらかじめ芫や芸や烏喙や袾葉を植えて蓄えさせ、城外の家の溝や井戸は塞げるなら塞ぎ、塞げないなら、これをその中に入れる。安らかなときには危うさを示し、危ういときには安らかさを示す。
解説
三年分の野菜を各家に蓄えさせるという、平時からの備えです。年ごとの作柄は当てにならないという一行が前提になっています。最後の「安則示以危、危示以安」——安らかなときは危うさを示し、危ういときは安らかさを示す。上に立つ者が、いつ何を見せるかという原則です。順風のときに緩ませず、逆風のときに崩れさせないための使い分けになります。
この章句が説くこと
備蓄平時示し方士気逆
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