墨子 / 雜守
禽子問曰:客衆而勇,輕意見威,以駭主人,薪上俱上,以為羊坽,積土為髙,以臨民,櫓俱前,遂屬之城,兵弩俱上,為之奈何?子墨子曰:子問羊坽守邪?羊坽者,攻之拙者也,足以勞卒,不足以害城。羊坽之政,逺攻則逺害,近城則近害,不至城。矢石無休,左右趣射,蘭為柱後,望以固。厲吾鋭卒,慎無使顧,守者重下,攻者輕去。養勇髙奮,民心百倍,百執數少乃不殆。作士不休,不能禁禦,遂屬之城,以禦雲梯之法應之。
新字:禽子問曰:客衆而勇,軽意見威,以駭主人,薪上倶上,以為羊坽,積土為高,以臨民,櫓倶前,遂属之城,兵弩倶上,為之奈何?子墨子曰:子問羊坽守邪?羊坽者,攻之拙者也,足以労卒,不足以害城。羊坽之政,遠攻則遠害,近城則近害,不至城。矢石無休,左右趣射,蘭為柱後,望以固。厲吾鋭卒,慎無使顧,守者重下,攻者軽去。養勇高奮,民心百倍,百執数少乃不殆。作士不休,不能禁禦,遂属之城,以禦雲梯之法応之。
書き下し
禽子、問いて曰く、客、衆くして勇み、輕意にして威を見し、以て主人を駭かし、薪上、俱に上り、以て羊坽を為し、土を積みて髙きを為し、以て民に臨み、櫓、俱に前み、遂に之を城に屬け、兵弩、俱に上らば、之を為すこと奈何。子墨子曰く、子は羊坽の守を問うか。羊坽なる者は、之を攻むるの拙なる者なり。以て卒を勞するに足るも、以て城を害するに足らず。羊坽の政、逺く攻むれば則ち害も逺く、城に近づけば則ち害も近し。城に至らず。矢石、休む無く、左右、趣きて射る。蘭を柱の後と為し、望みて以て固くす。吾が鋭卒を厲まし、慎んで顧みしむる無かれ。守る者、下るを重んじ、攻むる者、去るを輕んず。勇を養い髙く奮えば、民心、百倍す。百執、數少なくして乃ち殆からず。士を作すこと休まず、禁禦する能わずして、遂に之を城に屬けば、雲梯を禦ぐの法を以て之に應ず。
現代語訳
禽子が尋ねた。敵が多く勇み、軽々と威を見せて守る側を驚かせ、薪と土をともに上げて土山を築き、土を積んで高くして民を見下ろし、櫓をそろえて前進させ、ついに城に接し、兵と弩がともに上ってきたら、どうすればよいですか。墨子が言った。あなたは土山の守りを尋ねるのか。土山というのは、攻め方として拙い者のやることだ。兵を疲れさせるだけで、城を破るには足りない。土山の性質として、遠くから攻めれば害も遠く、城に近づけば害も近い。城には届かない。矢と石を休みなく、左右から射かける。柵を柱の後ろに置き、見通して固める。こちらの精鋭を励まし、慎んで後ろを振り返らせない。守る側は降りることを重く見、攻める側は退くことを軽く見る。勇を養って高く奮い立てば、民の心は百倍になる。役割の数が少なければ危うくない。敵が兵を出し続けて防ぎきれず、ついに城に接したら、雲梯を防ぐ法で応じる。
解説
この章句が説くこと
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