墨子 / 號令
謁者侍令門外,為二曹,夾門坐,鋪食更,無空。門下謁者一長,守數令人中視其亡者,以督門尉與其官長,及亡者入中報。四人夾今門内生二人夾散門外坐。客見,持兵立前,鋪食更,上侍者名。守室下髙樓者,望見乗車若騎卒道外來者,及城中非常者,輒言之守。守以徇城上城門及邑吏來告其事者以驗之,樓下人受者言,以報守。中涓二人,夾散門内坐,門常閑,鋪食更。中涓一長者。環守宫之術衢,置屯道,各垣其兩旁,髙丈,為埤立初雞足置。夾挾視葆食。而扎書得,必謹案視參食者,節不法,正請之。屯陳、垣外術衢街皆樓,髙臨里中,樓一鼓、聾竈。即有物故,鼓,吏至而正夜以火指鼓所。城下五十步一厠厠與上同圂。請有罪過而可無斷者,令杼厠利之。
新字:謁者侍令門外,為二曹,夾門坐,鋪食更,無空。門下謁者一長,守数令人中視其亡者,以督門尉与其官長,及亡者入中報。四人夾今門内生二人夾散門外坐。客見,持兵立前,鋪食更,上侍者名。守室下高楼者,望見乗車若騎卒道外来者,及城中非常者,輒言之守。守以徇城上城門及邑吏来告其事者以験之,楼下人受者言,以報守。中涓二人,夾散門内坐,門常閑,鋪食更。中涓一長者。環守宮之術衢,置屯道,各垣其両旁,高丈,為埤立初鶏足置。夾挟視葆食。而扎書得,必謹案視参食者,節不法,正請之。屯陳、垣外術衢街皆楼,高臨里中,楼一鼓、聾竈。即有物故,鼓,吏至而正夜以火指鼓所。城下五十歩一厠厠与上同圂。請有罪過而可無断者,令杼厠利之。
書き下し
謁者、令門の外に侍し、二曹を為し、門を夾みて坐す。鋪食して更たがわり、空しくすること無し。門下の謁者に一長あり。守、數しば人をして中に其の亡ずる者を視しめ、以て門尉と其の官長とを督し、及び亡ずる者、中に入りて報ぜしむ。四人、今門の内を夾み、二人、散門の外を夾みて坐す。客、見ゆれば、兵を持して前に立ち、鋪食して更たがわり、侍する者の名を上す。守室の下の髙樓なる者は、乗車若しくは騎卒の道の外より來たる者、及び城中の常に非ざる者を望み見れば、輒ち之を守に言う。守、以て城上の城門及び邑吏の來たりて其の事を告ぐる者を徇りて以て之を驗す。樓下の人、受くる者、言いて、以て守に報ず。中涓二人、散門の内を夾みて坐す。門、常に閑にして、鋪食して更たがわる。中涓に一長者あり。守宫の術衢を環らし、屯道を置き、各おの其の兩旁を垣し、髙さ丈、埤を為りて初雞足を立て置く。夾み挾みて葆の食を視る。而して扎書、得れば、必ず謹んで案視し、食を參うる者、節、法ならざれば、正しく之を請う。屯陳・垣外の術衢街は皆な樓し、髙く里中に臨む。樓に一鼓、聾竈あり。即ち物故有らば、鼓す。吏、至りて正し、夜は火を以て鼓する所を指す。城下、五十步に一厠、厠は上と圂を同じくす。罪過有りて斷ずる無かる可き者を請い、厠を杼いて之を利せしむ。
現代語訳
取次役は令の門の外に控え、二組を作って門を挟んで座る。交代で食事をとり、空白を作らない。門下の取次役には一人の長がいる。守将はしばしば人を遣わして中に不在の者がいないか見させ、それで門の尉とその上長を監督させ、不在の者は中に入って報告させる。四人が門の内側を挟み、二人が脇門の外を挟んで座る。客が現れれば、武器を持って前に立ち、交代で食事をとり、控えている者の名を報告する。守将の部屋の下の高い楼にいる者は、車や騎兵が道の外から来るのを見たとき、また城中で常でないことがあったときは、すぐ守将に報告する。守将は城壁の上や城門や町の役人で報告に来た者に確かめさせて突き合わせる。楼の下で受けた者が伝え、守将に報告する。側仕えの二人が脇門の内側を挟んで座る。門は常に空けておき、交代で食事をとる。側仕えにも一人の長がいる。守将の館の周りの通りを巡らせ、詰所の道を置き、それぞれ両側に垣を作り、高さは一丈、低い塀を作って杭を立てる。両側から挟んで人質の食事を見る。そして書き付けを得たら、必ず慎んで調べ、食事を運ぶ者の割り符が規定どおりでなければ、正して問い質す。詰所や垣の外の通りや街路にはみな楼を作り、高く里の中を見下ろす。楼には一つの太鼓と煙出しの竈がある。何か事が起これば太鼓を打つ。役人が来て正し、夜は火で太鼓の場所を示す。城下には五十歩ごとに一つの厠、厠は上と同じ落とし場にする。罪があっても裁くほどでない者を願い出て、厠を汲ませて役に立たせる。
解説

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