墨子 / 備城門
子墨子曰:守城之法,必數城中之木,十人之所舉為十挈,五人之所舉為五挈,凡輕重以挈為人數。為薪樵挈,壮者有挈,者弱有挈,皆稱亦任。凡挈輕重所為,吏人各得亦任。城中無食,則為大殺。去城門五步,大塹之,髙地三丈,下地至施賊亦中,上為發梁,而機巧之,比傳薪土,使可道行,旁有溝壘,毋可踰越,而出佻且比,敵人遂入,引機發梁,適人可禽。適人恐懼而有疑心,因而離。
新字:子墨子曰:守城之法,必数城中之木,十人之所舉為十挈,五人之所舉為五挈,凡軽重以挈為人数。為薪樵挈,壮者有挈,者弱有挈,皆称亦任。凡挈軽重所為,吏人各得亦任。城中無食,則為大殺。去城門五歩,大塹之,高地三丈,下地至施賊亦中,上為発梁,而機巧之,比伝薪土,使可道行,旁有溝塁,毋可踰越,而出佻且比,敵人遂入,引機発梁,適人可禽。適人恐懼而有疑心,因而離。
書き下し
子墨子曰く、守城の法は、必ず城中の木を數う。十人の舉ぐる所を十挈と為し、五人の舉ぐる所を五挈と為す。凡そ輕重は挈を以て人數と為す。薪樵の挈を為るに、壮なる者に挈有り、弱き者に挈有り、皆な亦の任に稱う。凡そ挈の輕重、為す所は、吏人、各おの亦の任を得。城中に食無ければ、則ち大殺を為す。城門を去ること五步、大いに之を塹ち、髙地は三丈、下地は施に至る。賊、亦の中にせば、上に發梁を為りて之を機巧にし、比しく薪土を傳え、道行す可からしむ。旁らに溝壘有りて、踰越す可き無く、出でて佻し且つ比す。敵人、遂に入らば、機を引きて梁を發し、適人、禽う可し。適人、恐懼して疑心有り、因りて離る。
現代語訳
墨子が言った。守城の法では、必ず城中の木材を数える。十人で持ち上げられるものを十挈とし、五人で持ち上げられるものを五挈とする。すべて重さは挈という単位で人数として数える。薪の束を作るときも、壮健な者の束、力の弱い者の束があり、みなその力に見合うようにする。すべて束の軽重は、役人と人がそれぞれ自分の力に合うようにする。城中に食糧が無ければ、大幅な減量を行う。城門から五歩離れたところに大きな堀を掘る。高い地では三丈、低い地では水の出るところまで。敵がその中に入るように、上に落とし橋を架けて仕掛けを付け、薪と土を敷き並べて道として通れるようにする。両側には溝と塁があって越えられないようにし、外に出て挑発して誘い込む。敵が入ってきたら、仕掛けを引いて橋を落とし、敵を捕らえる。敵は恐れて疑心を抱き、それで離れていく。
解説

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