墨子 / 備城門
城上七尺一渠,長丈五貍三尺,去堞五寸,夫長丈二尺,臂長六尺。半植一鑿内,後長五寸。夫雨鑿,渠夫前端下堞四寸而適。貍渠鑿坎覆以瓦,冬日以馬夫寒,皆待命,若以瓦為坎。城上千步一表,長丈,棄水者操表摇之。五五十步一厠與下同圂,之厠者不得操。城上三十步一藉車,當隊者不用。城上五十步一道陛,髙二尺五寸,長十步。城上五十步一樓□勇,勇必重。士樓百步一,外門發樓,左右渠之。為樓加藉慕棧上出之以救外。城上皆毋得有室,若也可依匿者,盡除去之。城下州道内。百步一積藉,毋下三千石以上,善塗之。
新字:城上七尺一渠,長丈五貍三尺,去堞五寸,夫長丈二尺,臂長六尺。半植一鑿内,後長五寸。夫雨鑿,渠夫前端下堞四寸而適。貍渠鑿坎覆以瓦,冬日以馬夫寒,皆待命,若以瓦為坎。城上千歩一表,長丈,棄水者操表摇之。五五十歩一厠与下同圂,之厠者不得操。城上三十歩一藉車,当隊者不用。城上五十歩一道陛,高二尺五寸,長十歩。城上五十歩一楼□勇,勇必重。士楼百歩一,外門発楼,左右渠之。為楼加藉慕棧上出之以救外。城上皆毋得有室,若也可依匿者,尽除去之。城下州道内。百歩一積藉,毋下三千石以上,善塗之。
書き下し
城上、七尺に一渠。長さ丈五、貍むること三尺、堞を去ること五寸。夫の長さ丈二尺、臂の長さ六尺。半植に一鑿、内に後ろ長さ五寸。夫に兩鑿、渠夫の前端は堞より下ること四寸にして適す。渠を貍め坎を鑿ちて覆うに瓦を以てす。冬日は馬夫を以て寒がしむ。皆な命を待つ。若しくは瓦を以て坎を為す。城上、千步に一表、長さ丈。水を棄つる者は表を操りて之を摇がす。五十步に一厠、下と圂を同じくす。厠に之く者は操るを得ず。城上、三十步に一藉車、隊に當たる者は用いず。城上、五十步に一道陛、髙さ二尺五寸、長さ十步。城上、五十步に一樓、□勇、勇は必ず重ぬ。士樓は百步に一つ、外門に樓を發し、左右に之を渠す。樓の為に藉慕を加え、棧上、之を出だして以て外を救う。城上、皆な室有るを得る毋かれ。若し依り匿る可き者あらば、盡く之を除去せよ。城下の州道の内、百步に一積藉、三千石以上を下る毋く、善く之を塗る。
現代語訳
城壁の上には七尺ごとに一つの柵。長さ一丈五尺、三尺埋め、狭間から五寸離す。支柱の長さは一丈二尺、腕木の長さは六尺。半分の柱に一つ穴を開け、内側に五寸伸ばす。支柱には二つ穴を開け、柵の前端は狭間から四寸下がるのがちょうどよい。柵を埋め、穴を掘って瓦で覆う。冬は覆いをかけて寒さを防ぐ。すべて命令を待つ。あるいは瓦で穴を作る。城壁の上には千歩ごとに一つの標を立てる。長さ一丈。水を捨てる者はその標を持って振る。五十歩ごとに一つの厠を置き、下の便所と同じ所に落とす。厠に行く者は武器を持ってはならない。城壁の上には三十歩ごとに一台の投石機を置くが、部隊が詰めている所には置かない。城壁の上には五十歩ごとに一つの上り階段、高さ二尺五寸、長さ十歩。城壁の上には五十歩ごとに一つの楼。士の楼は百歩に一つ、外門に楼を張り出し、左右に柵を巡らす。楼には覆いを掛け、棚の上からそれを出して外を助ける。城壁の上には部屋があってはならない。身を隠せる場所があれば、すべて取り除け。城下の道の内側には、百歩ごとに一つの積み置き場を設け、三千石以上を下らないようにし、しっかり泥を塗る。
解説

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