墨子 / 公輸
子墨子歸,過宋,天雨,庇其閭中,守閭者不内也。故曰:「治於神者,衆人不知其功,争於眀者,衆人知之。」
新字:子墨子帰,過宋,天雨,庇其閭中,守閭者不内也。故曰:「治於神者,衆人不知其功,争於明者,衆人知之。」
書き下し
子墨子、歸るに、宋を過ぐ。天、雨ふる。其の閭中に庇る。閭を守る者、内れざるなり。故に曰く、「神に治まる者は、衆人、其の功を知らず。眀に争う者は、衆人、之を知る」と。
現代語訳
墨子が帰る途中、宋を通った。雨が降ったので、村の門のところで雨宿りをした。門を守る者は中に入れてくれなかった。だから言う。「見えないところで事を収める者の功は、多くの人に知られない。目立つところで争う者は、多くの人に知られる」。
解説
公輸篇の結びです。宋を救った当人が、その宋で雨宿りを断られる。「治於神者、衆人不知其功」——見えないところで収めた者の功は知られない。防いだ災いは起こらないから、誰にも見えない。防災や保守の仕事が評価されにくいという仕組みを、二千年以上前に一行で言い当てています。起きなかったことを数える帳面は、どこにもありません。
この章句が説くこと
功無名予防評価見えない
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