墨子 / 魯問
子墨子游,魏越曰:「既得見四方之君,子則将先語?」子墨子曰:「凡入國,必擇務而從事焉。國家昏亂,則語之尚賢尚同;國家貧,則語之節用節葬;國家憙音湛湎,則語之非樂非命;國家淫僻無禮,則語之尊天事鬼;國家務奪侵凌,則語之兼愛非曰:擇務而從事焉。」
新字:子墨子游,魏越曰:「既得見四方之君,子則将先語?」子墨子曰:「凡入国,必択務而従事焉。国家昏乱,則語之尚賢尚同;国家貧,則語之節用節葬;国家憙音湛湎,則語之非楽非命;国家淫僻無礼,則語之尊天事鬼;国家務奪侵凌,則語之兼愛非曰:択務而従事焉。」
書き下し
子墨子、游ぶ。魏越曰く、「既に四方の君に見ゆるを得ば、子は則ち将た先ず何をか語らん」と。子墨子曰く、「凡そ國に入らば、必ず務めを擇びて事に従う。國家、昏亂すれば、則ち之に尚賢・尚同を語り、國家、貧しければ、則ち之に節用・節葬を語り、國家、音を憙み湛湎すれば、則ち之に非樂・非命を語り、國家、淫僻にして禮無ければ、則ち之に尊天・事鬼を語り、國家、奪を務め侵凌すれば、則ち之に兼愛・非攻を語る。曰く、務めを擇びて事に従う、と」。
現代語訳
墨子が旅に出た。魏越が言った。「四方の君主に会えたら、まず何を語りますか」。墨子が言った。「およそ国に入ったら、必ず急務を選んでそれに当たる。国家が乱れていれば尚賢と尚同を語り、国家が貧しければ節用と節葬を語り、国家が音楽にふけっていれば非楽と非命を語り、国家が乱れて礼が無ければ尊天と事鬼を語り、国家が奪うことに努めて侵略していれば兼愛と非攻を語る。だから、急務を選んでそれに当たるというのだ」。
解説
墨家の十論を、症状と処方の対応表として示した一段です。乱れているなら人材と統一、貧しいなら節約、音楽にふけるなら非楽と非命、無礼なら天と鬼神、侵略なら兼愛と非攻。同じ教えを誰にでも同じ順で説くのではなく、相手の状態を見て入り口を選ぶ。教えを持つ側の、実務的な作法です。何から話すかで、届くかどうかが決まります。
この章句が説くこと
処方急務相手順序十論
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