墨子 / 公孟
二三子有遊於子墨子學射者,子墨子曰:「不可,夫知者必量其力所能至而從事焉,國士戰且扶人,猶不可及也。今子非國士也,豈能成學又成射哉?」
新字:二三子有遊於子墨子学射者,子墨子曰:「不可,夫知者必量其力所能至而従事焉,国士戦且扶人,猶不可及也。今子非国士也,豈能成学又成射哉?」
書き下し
二三子に子墨子に游びて射を學ぶ者有り。子墨子曰く、「不可なり。夫れ知者は必ず其の力の能く至る所を量りて事に従う。國士すら戰いて且つ人を扶くるは、猶お及ぶ可からざるなり。今、子は國士に非ざるなり。豈に能く學を成し又た射を成さんや」と。
現代語訳
門人の中に、墨子のもとで学びながら弓射も習おうとする者がいた。墨子が言った。「いけない。知恵ある者は必ず自分の力の及ぶ範囲を測ってから事に当たる。国を代表する士でさえ、戦いながら人を助けることはできない。いまあなたは国士ではない。どうして学問も弓射も両方とも成し遂げられようか」。
解説
二つを同時にやろうとする門人を、力量の見積もりという観点から止めます。国士でさえ戦いながら人は助けられない、という例が具体的です。同時にできることの数を、意欲ではなく力で測る。やりたいことが増えたときに、まず自分の力を量れという、地に足のついた助言です。両方やりたいという気持ちは、両方できる根拠にはなりません。
この章句が説くこと
力量同時集中選択見積もり
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