墨子 / 經說上
同異交得,於福家良恕,有無也。比度,多少也。免虭還園,去就也。鳥折用桐,堅柔也。劒尤早,死生也。處室子、子母,長少也。兩絶勝,白黑也。中央、旁也。論、行行行、學、實,是非也。難宿,成未也。兄弟,俱適也。身處、志往,存亡也。霍、為,姓故也。賈宜,貴賤也。諾超城,員止也。相従,相去,先知,是,可,五色,長短,前後,輕重。
新字:同異交得,於福家良恕,有無也。比度,多少也。免虭還園,去就也。鳥折用桐,堅柔也。劒尤早,死生也。処室子、子母,長少也。両絶勝,白黒也。中央、旁也。論、行行行、学、実,是非也。難宿,成未也。兄弟,倶適也。身処、志往,存亡也。霍、為,姓故也。賈宜,貴賤也。諾超城,員止也。相従,相去,先知,是,可,五色,長短,前後,軽重。
書き下し
同異、交ごも得るは、福家良恕に於いては、有無なり。比度は、多少なり。免虭還園は、去就なり。鳥折用桐は、堅柔なり。劒尤早は、死生なり。處室の子と子母とは、長少なり。兩絶勝は、白黑なり。中央と旁となり。論と行と學と實とは、是非なり。難宿は、成と未となり。兄弟は、倶に適うなり。身は處り志は往くは、存亡なり。霍と為とは、姓故なり。賈の宜しきは、貴賤なり。諾超城は、員止なり。相い従い、相い去り、先に知り、是とし、可とし、五色、長短、前後、輕重なり。
現代語訳
同と異が同時に得られるということについて。福家良恕においては有と無である。比べて測るのは多いか少ないかである。免虭還園は去るか就くかである。鳥折用桐は堅いか柔らかいかである。劒尤早は死ぬか生きるかである。家にいる子と子の母とは、年上か年下かである。両端の絶勝は白か黒かである。中央と傍らである。論と行と学と実とは、是か非かである。難宿は、成ったかまだかである。兄弟は、ともに当たる。身はここにあり志は向こうにあるのは、存と亡である。霍と為とは、姓か理由かである。値が適っているのは、貴いか賤しいかである。諾超城は、円か止まりかである。互いに従い、互いに去り、先に知り、是とし、可とし、五色、長短、前後、軽重である。
解説
この章句が説くこと
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