墨子 / 公孟
公孟子曰:「君子必古言服,然後仁。」子墨子曰:「昔者,商王紂,卿士費仲,為天下之暴人,箕子、微子為天下之聖人,此同言而或仁不仁也。周公旦為天下之聖人,管叔為天下之暴人,此同服或仁或不仁。然則不在古服與古言矣。且子法周而未法夏也,子之古非古也。」
新字:公孟子曰:「君子必古言服,然後仁。」子墨子曰:「昔者,商王紂,卿士費仲,為天下之暴人,箕子、微子為天下之聖人,此同言而或仁不仁也。周公旦為天下之聖人,管叔為天下之暴人,此同服或仁或不仁。然則不在古服与古言矣。且子法周而未法夏也,子之古非古也。」
書き下し
公孟子曰く、「君子は必ず古を言い服して、然る後に仁なり」と。子墨子曰く、「昔者、商王紂、卿士費仲は、天下の暴人為り。箕子・微子は天下の聖人為り。此れ言を同じくして或いは仁、或いは不仁なり。周公旦は天下の聖人為り、管叔は天下の暴人為り。此れ服を同じくして或いは仁、或いは不仁なり。然らば則ち古服と古言とに在らざるなり。且つ子は周に法りて未だ夏に法らざるなり。子の古は古に非ざるなり」と。
現代語訳
公孟子が言った。「君子は必ず古の言葉を語り古の服を着て、そのあとで仁である」。墨子が言った。「むかし商王の紂と卿士の費仲は天下の暴人であった。箕子と微子は天下の聖人であった。同じ言葉を使いながら、一方は仁、一方は不仁である。周公旦は天下の聖人であり、管叔は天下の暴人であった。同じ服を着ながら、一方は仁、一方は不仁である。とすれば仁は古の服にも古の言葉にもない。そのうえあなたは周に倣っているだけで夏には倣っていない。あなたの言う古は、古ではない」。
解説
同じ時代・同じ服装の中に聖人も暴人もいた、という事実で、外形と徳の結びつきを切ります。最後の一撃も鋭く、あなたが古と呼んでいるのは周のことで、その前の夏に比べれば新しい——古さの基準そのものが恣意的だと突きます。伝統を持ち出す議論に対する二段構えの反論です。
この章句が説くこと
外形徳伝統基準反論
関連する章句
-
『墨子』非命中今、夫れ有命者、言いて曰く、「我れ之を後世に作すに非ざるなり。昔三代より若き言有りて以て傳流せり」と。今、故に先王、之に對せんか。曰く、夫れ有命者は、昔の三代の聖善の人を志さざるか。意うに亡くば昔の三代の暴不肖の人か。何を以て之を知る。初めの列士・卿大夫は、言を慎み行を知り、此れ上は以て其の君長を規諌する有り、下は以て其の百姓を教順する有り。故に上は以て其の君長を規諌する有り、下は以て其の百姓を教順する有り。故に上は其の君長の賞を得、下は其の百姓の譽を得。列士・卿大夫の聲聞、廢れず、傳流して今に至る。而して天下、皆な其の力なりと曰う。一
-
『墨子』非儒下儒者曰く、「君子は必ず古を服し古を言い、然る後に仁なり」と。之に應じて曰く、所謂る古なる者は、皆な嘗て新しかりき。而して古人、之を服せば、則ち君子なり。然らば則ち必ず君子に非ざるの法を法とし、君子に非ざるの言を言いて、而る後に仁ならんや。
-
論語・子罕篇子曰く、麻冕は礼なり。今や純なるは倹なり。吾は衆に従わん。下に拝するは礼なり。今上に拝するは泰なり。衆に違うと雖も、吾は下に従わん。
-
『墨子』節葬下今、厚葬久喪を執る者の言に曰く、厚葬久喪は不可以て貧を富まし、寡を衆くし、危を定め、亂を治む可からずと使むと雖も、然れども此れ聖王の道なり、と。子墨子曰く、然らず。昔者、堯、北のかた八狄に教え、道に死し、鞏山の隂に葬らる。衣衾は三領、榖木の棺、葛以て之を緘し、既にして後に哭し、埳を滿たして封無し。已に葬れば、牛馬、之に乗る。舜、西のかた七戎に教え、道に死し、南已の市に葬らる。衣衾は三領、榖木の棺、葛以て之を緘す。已に葬れば、市人、之に乗る。禹、東のかた九夷に教え、道に死し、㑹稽の山に葬らる。衣衾は三領、桐棺は三寸、葛以て之を緘し、之を絞りて合わせず、之を道びきて塪せず、土地の深さは、下は泉に及ぶ毋く、上は臭を通ずる毋し。既に葬れば、餘壤を其の上に收め、壟は參耕の畝の若くして、止まるを取るのみ。若し此の若の三聖王を以て之を觀れば、則ち厚葬久喪は果たして聖王の道に非ず。故に三王なる者は、皆な貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。豈に財用の足らざるを憂えんや。以為えらく此くの如きは葬埋の法なりと。
-
『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。故に曰く、天に法るに若くは莫し、と。天の行いは廣くして私無く、其の施しは厚くして徳とせず、其の明るきは久しくして衰えず。故に聖王は之に法る。既に天を以て法と為さば、動作有為には、必ず天に度り、天の欲する所は則ち之を為し、天の欲せざる所は則ち止む。
-
『墨子』尚賢上是の故に古者、聖王の政を為すや言いて曰く、「義ならざれば富まさず、義ならざれば貴くせず、義ならざれば親しまず、義ならざれば近づけず」と。是を以て國の富貴の人、之を聞きて、皆な退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は富貴なり。今、上、義を舉ぐるに貧賤を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。親しき者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は親なり。今、上、義を舉ぐるに親疎を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。近き者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は近なり。今、上、義を舉ぐるに近を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。逺き者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我れ逺きを以て恃む無しと為す。今、上、義を舉ぐるに逺きを辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。逺鄙郊外の臣、門庭の庶子、國中の衆、四鄙の氓人に逮び至るまで、之を聞きて皆な競いて義を為す。