墨子 / 公孟
公孟子謂子墨子曰:「實為善人,孰不知?譬若良玉,處而不出有餘精。譬若美女,處而不出,人爭求之。行而自衒,人莫之取也。今子徧從人而説之,何其勞也?」子墨子曰:「今夫世亂,求美女者衆,美女雖不出,人多求之;今求善者寡,不强説人,人莫之知也。且有二生,於此善星一行為人筮者與處而不出者,其精孰多?」公孟子曰:「行為人筮者其精多。」子墨子曰:「仁義鈞。行説人者,其功善亦多,何故不行説人也!」
新字:公孟子謂子墨子曰:「実為善人,孰不知?譬若良玉,処而不出有余精。譬若美女,処而不出,人争求之。行而自衒,人莫之取也。今子遍従人而説之,何其労也?」子墨子曰:「今夫世乱,求美女者衆,美女雖不出,人多求之;今求善者寡,不强説人,人莫之知也。且有二生,於此善星一行為人筮者与処而不出者,其精孰多?」公孟子曰:「行為人筮者其精多。」子墨子曰:「仁義鈞。行説人者,其功善亦多,何故不行説人也!」
書き下し
公孟子、子墨子に謂いて曰く、「實に善人為らば、孰れか知らざらん。譬えば良玉の若し。處りて出でざるも餘精有り。譬えば美女の若し。處りて出でざるも、人、爭いて之を求む。行きて自ら衒えば、人、之を取ること莫きなり。今、子は徧く人に従いて之に説く。何ぞ其れ勞するや」と。子墨子曰く、「今、夫れ世亂れて、美女を求むる者衆し。美女、出でずと雖も、人、多く之を求む。今、善を求むる者は寡なし。强いて人に説かずんば、人、之を知ること莫きなり。且つ二生有り。此に善く星す。一は行きて人の為に筮する者、一は處りて出でざる者。其の精、孰れか多き」と。公孟子曰く、「行きて人の為に筮する者、其の精多し」と。子墨子曰く、「仁義は鈞し。行きて人に説く者は、其の功善も亦た多し。何の故に行きて人に説かざらんや」と。
現代語訳
公孟子が墨子に言った。「本当に善い人なら、誰が知らずにいよう。たとえば良い玉のようなもので、しまわれていても輝きは余る。たとえば美女のようなもので、外に出なくても人が争って求める。歩き回って自分を売り込めば、誰も取らない。いまあなたはあまねく人を訪ね歩いて説いている。なんと骨の折れることか」。墨子が言った。「いま世は乱れ、美女を求める者は多い。美女は出なくても多くの人が求める。ところが善を求める者は少ない。強いて人に説かなければ、誰にも知られない。それに、ここに二人の占い師がいるとしよう。一人は出かけて行って人のために占う者、もう一人は家にいて出ない者。どちらの実入りが多いか」。公孟子が言った。「出かけて占う者のほうが多い」。墨子が言った。「仁義も同じことだ。出かけて人に説く者は、その功も善も多い。どうして出かけて説かないでいられようか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 伯夷列伝「君子は世を没して名の称せられざるを疾む」。賈子曰く、「貪夫は財に徇じ、烈士は名に徇じ、夸者は権に死し、衆庶は生を馮む」と。「同明は相ひ照らし、同類は相ひ求む。雲は龍に従ひ、風は虎に従ふ。聖人作りて万物覩はる」。伯夷・叔斉は賢なりと雖も、夫子を得て名益々彰はる。顔淵は篤学なりと雖も、驥尾に附して行ひ益々顕はる。巌穴の士、趣舎此くの若き時有り、類名堙滅して称せられざるは、悲しいかな。閭巷の人、行ひを砥ぎ名を立てんと欲する者は、青雲の士に附くに非ずんば、悪んぞ能く後世に施かんや。
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論語・述而篇子は語らず、怪・力・乱・神。
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『墨子』公孟子墨子の門に游ぶ者有り。子墨子曰く、「盍ぞ學ばざる」と。對えて曰く、「吾が族人に學ぶ者無し」と。子墨子曰く、「然らず。天に美を好む者、豈に吾が族人、之を好むこと莫し、故に好まずと曰わんや。夫れ富貴を欲する者、豈に吾が族人、之を欲すること莫し、故に欲せずと曰わんや。美を好み富貴を欲する者は、人を視ずして猶お強いて之を為す。夫れ義は天下の大器なり。何を以て人を視ん。必ず強いて之を為せ」と。
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『墨子』公孟子墨子の門に游ぶ者有り、子墨子に謂いて曰く、「先生、鬼を以て神眀と為し、善を為す者は之を富まし、暴なる者は之に禍いすと。今、吾れ先生に事うること久し。而れども福至らず。意うに先生の言に不善有るか。鬼神、眀らかならざるか。我れ何の故に福を得ざるや」と。子墨子曰く、「子、福を得ずと雖も、吾が言、何ぞ遽かに不善ならん。而して鬼神、何ぞ遽かに眀らかならざらん。子も亦た匿徒の刑の刑有るを聞くか」と。對えて曰く、「未だ之を聞くを得ざるなり」と。子墨子曰く、「今、人、此に有り。子に什たり。子、能く之を什たび譽めて、一たび自ら譽めんか」と。對えて曰く、「能わず」と。「人、此に有り。子に百たり。子、能く終身其の善を譽めて、子に一つも無からんか」と。對えて曰く、「能わず」と。子墨子曰く、「一人を匿す者すら猶お罪有り。今、子の匿す所の者は此くの若く其れ多し。将に厚き罪有らんとす。何の福をか之れ求めん」と。
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『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「君子は己を共しくして待ち、問わるれば則ち言い、問われざれば則ち止む。譬えば鍾の然るが若し。扣てば則ち鳴り、扣たざれば則ち鳴らず」と。子墨子曰く、「是の言に三物有り。子は乃ち今、其の一身を知るのみ。又た未だ其の謂う所を知らざるなり。若し大人、淫暴を國家に行わば、進みて諫むれば、則ち之を不遜と謂い、左右に因りて諌を獻ずれば、則ち之を言議と謂う。此れ君子の疑惑する所なり。若し大人、政を為すに、将に國家の難に因らんとし、譬えば機の将に發せんとするが若く然らば、君子の必ず以て諌むるは、然れども大人の利なり。此くの若き者は、扣たざると雖も必ず鳴る者なり。
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『墨子』公孟若し大人、不義の異行を舉げ、大巧の經を得て、軍旅の事に行う可く、罪無きの國を攻伐せんと欲すること有らば、君、之を得れば、則ち必ず之を用いん。以て土地を廣辟し、税を著し材を偽らんとするも、出づれば必ず辱めを見る。攻めらるる者は利あらず、而して攻むる者も亦た利あらず。是れ兩つながら利あらざるなり。此くの若き者は、扣たざると雖も必ず鳴る者なり。且つ子曰く、「君子は己を共しくして待ち、問わるれば則ち言い、問われざれば則ち止む。譬えば鍾の然るが若し。扣てば則ち鳴り、扣たざれば則ち鳴らず」と。今、未だ子を叩きて言うこと有らざるに、是れ子の謂う扣たずして鳴るか。是れ子の所謂る君子に非ざるか。