墨子 / 貴義
子墨子仕人於衛,所仕者至而反。子墨子曰:「何故反?」對曰:「與我言而不審曰『待女以千盆』,授我五百盆,故去之也。」子墨子曰:「授子過千盆,則子去之乎?」對曰:「不去。」子墨子曰:「然則非為其不審也,為其寡也。」
新字:子墨子仕人於衛,所仕者至而反。子墨子曰:「何故反?」対曰:「与我言而不審曰『待女以千盆』,授我五百盆,故去之也。」子墨子曰:「授子過千盆,則子去之乎?」対曰:「不去。」子墨子曰:「然則非為其不審也,為其寡也。」
書き下し
子墨子、人を衛に仕えしむ。仕うる所の者、至りて反る。子墨子曰く、「何の故に反るや」と。對えて曰く、「我れと言いて審らかならず。『女を待つに千盆を以てせん』と曰いて、我に五百盆を授く。故に之を去るなり」と。子墨子曰く、「子に授くること千盆を過ぎば、則ち子、之を去らんか」と。對えて曰く、「去らじ」と。子墨子曰く、「然らば則ち其の審らかならざるが為に非ず、其の寡なきが為なり」と。
現代語訳
墨子が門人を衛に仕えさせた。仕えた者が着任してすぐ戻ってきた。墨子が言った。「どうして戻ったのか」。答えて言った。「私に言ったことが正確でありませんでした。『あなたには千盆を出そう』と言っておきながら、五百盆しかくれません。だから去ったのです」。墨子が言った。「もし千盆を超えて与えられたなら、おまえは去ったか」。答えて言った。「去りません」。墨子が言った。「ならば正確でなかったからではなく、少なかったからだ」。
解説
去った理由として「話が違う」と言う相手に、では多かった場合はどうかと問い返す。答えは「去らない」。そこで理由が言い換えだったと明らかになります。相手を責めるのではなく、質問一つで本当の理由を出させる。自分の不満の理由を正確に言えているか、という問いとしても読めます。条件が有利なら黙るなら、それは筋の話ではなく損得の話です。
この章句が説くこと
理由本音待遇問い言い換え
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『墨子』貴義子墨子、公良桓子に謂いて曰く、衛は小國なり。齊晉の間に處るは、猶お貧家の富家の間に處るがごときなり。貧家にして富家の衣食の多く用うるを學べば、則ち速やかに亡ぶこと必せり。今、簡子の家、飾車數百乗、馬の菽粟を食らう者數百匹、婦人の文繡を衣る者數百人なり。吾れ飾車食馬の費と繡衣の財とを取りて以て士を畜わば、必ず千人有餘ならん。若し患難有らば、則ち百人をして前に處らしめ、數百を後にせん。婦人數百人の前後に處ると孰れか安き。吾れ以為えらく士を畜うの安きに若かずと。
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『墨子』公孟子墨子の門に游ぶ者有り、子墨子に謂いて曰く、「先生、鬼を以て神眀と為し、善を為す者は之を富まし、暴なる者は之に禍いすと。今、吾れ先生に事うること久し。而れども福至らず。意うに先生の言に不善有るか。鬼神、眀らかならざるか。我れ何の故に福を得ざるや」と。子墨子曰く、「子、福を得ずと雖も、吾が言、何ぞ遽かに不善ならん。而して鬼神、何ぞ遽かに眀らかならざらん。子も亦た匿徒の刑の刑有るを聞くか」と。對えて曰く、「未だ之を聞くを得ざるなり」と。子墨子曰く、「今、人、此に有り。子に什たり。子、能く之を什たび譽めて、一たび自ら譽めんか」と。對えて曰く、「能わず」と。「人、此に有り。子に百たり。子、能く終身其の善を譽めて、子に一つも無からんか」と。對えて曰く、「能わず」と。子墨子曰く、「一人を匿す者すら猶お罪有り。今、子の匿す所の者は此くの若く其れ多し。将に厚き罪有らんとす。何の福をか之れ求めん」と。
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『墨子』耕柱子墨子、管黔をして髙石子を衛に游ばしむ。衛君、禄を致すこと甚だ厚く、之を卿に設く。髙石子、三たび朝して必ず言を盡くすも、言、行わるる者無し。去りて齊に之き、子墨子に見えて曰く、「衛君、夫子の故を以て、禄を致すこと甚だ厚く、我を卿に設く。石、三たび朝して必ず言を盡くすも、言、行わるる無し。是を以て之を去るなり。衛君、乃ち石を以て狂と為すこと無からんや」と。子墨子曰く、「之を去るに茍くも道あらば、狂を受くるも何ぞ傷まん。古者、周公旦、管叔を非とし、三公を辭し、東のかた商盖に處る。人、皆な之を狂と謂う。後世、其の徳を稱し、其の名、今に至るまで息まず。且つ翟、之を聞く、義を為すは毁を避け譽に就くに非ず。之を去るに茍くも道あらば、狂を受くるも何ぞ傷まん」と。髙石子曰く、「石の之を去るや、焉んぞ敢えて道あらざらんや。昔者、夫子に言有りて曰く、『天下に道無くんば、仁士は厚きに處らず』と。今、衛君は道無くして、其の禄爵を貪らば、則ち是れ我れ茍くも人の厚きに處ると為すなり」と。子墨子、説びて、子禽子を召して曰く、「姑く此を聴けや。夫れ義に倍きて禄に鄉う者は、我れ常に之を聞けり。禄に倍きて義に鄉う者は、髙石子に於いて焉れを見るなり」と。
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『墨子』貴義子墨子、魯より齊に自く。即ち故人を過る。子墨子に謂いて曰く、「今、天下、義を為すこと莫し。子、獨り自ら苦しみて義を為す。子は已むに若かず」と。子墨子曰く、「今、人、此に有り。子十人有り、一人耕して九人處らば、則ち耕す者は以て益ます急ならざる可からず。何の故ぞ。則ち食う者衆くして耕す者寡なければなり。今、天下、義を為すこと莫くんば、則ち子は我を勸むべき者なり。何の故に我を止むるや」と。
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『墨子』魯問子墨子、公尚過を越に游ばしむ。公尚過、越王に説く。越王、大いに説び、公尚過に謂いて曰く、「先生、茍くも能く子墨子をして越に於いて寡人を教えしめば、請う、故吳の地、方五百里を裂きて以て子墨子に封ぜん」と。公尚過、許諾す。遂に公尚過の為に車五十乗を束ね、以て子墨子を魯に迎えて曰く、「吾れ夫子の道を以て越王に説く。越王、大いに悦びて過に謂いて曰く、『茍くも能く子墨子をして越に至りて寡人を教えしめば、請う、故吳の地、方五百里を裂きて以て子を封ぜん』と」。子墨子、公尚過に謂いて曰く、「子、越王の志を觀るに何若。意うに越王、将に吾が言を聴き、吾が道を用いんとせば、則ち翟、将に往かんとす。腹を量りて食い、身を度りて衣し、自ら羣臣に比せん。奚んぞ能く封を以て為さんや。抑そも越、吾が言を聴かず、吾が道を用いずして、我れ往かば、則ち是れ我れ義を以て糶るなり。之を糶るに鈞しくんば、亦た中國に於いてするのみ。何ぞ必ずしも越に於いてせんや」と。
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『墨子』公孟子墨子の門に游ぶ者有り、子墨子に謂いて曰く、「先生、鬼を以て神眀にして知り、能く人に禍いを為すと為すか」と。子墨子の門に游ぶ者有り、身體强良、思慮狥通なり。隨いて學ばしめんと欲す。子墨子曰く、「姑く學べ。吾れ将に子を仕えしめん」と。善言に勸められて學ぶ。其の年にして、仕えんことを子墨子に責む。子曰く、「子を仕えしめず。子も亦た夫の魯の語を聞かんか。昆弟五人なる者有り。其の父死して、其の長子、酒を嗜みて葬らず。其の四弟曰く、『子、我と葬らば、當に子の為に酒を沽うべし』と。善言に勸められて葬る。已に葬りて、酒を其の四弟に責む。四弟曰く、『吾れ未だ子に酒を予えず。子は子の父を葬り、我れは吾が父を葬る。豈に獨り吾が父ならんや。子、葬らずんば、則ち人、将に子を笑わんとす。故に子に葬るを勸めしなり』と。今、子は義を為し、我も亦た義を為す。豈に獨り我が義ならんや。子、學ばずんば、則ち人、将に子を笑わんとす。故に子に學を勸めしなり」と。