墨子 / 貴義
子墨子自魯齊,即過故人,謂子墨子曰:「今天下莫為義,子獨自苦而為義,子不若已。」子墨子曰:「今有人於此,有子十人,一人耕而九人處,則耕者不可以不益急矣。何故?則食者衆而耕者寡也。今天下莫為義,則子如勸我者也,何故止我?」
新字:子墨子自魯斉,即過故人,謂子墨子曰:「今天下莫為義,子独自苦而為義,子不若已。」子墨子曰:「今有人於此,有子十人,一人耕而九人処,則耕者不可以不益急矣。何故?則食者衆而耕者寡也。今天下莫為義,則子如勧我者也,何故止我?」
書き下し
子墨子、魯より齊に自く。即ち故人を過る。子墨子に謂いて曰く、「今、天下、義を為すこと莫し。子、獨り自ら苦しみて義を為す。子は已むに若かず」と。子墨子曰く、「今、人、此に有り。子十人有り、一人耕して九人處らば、則ち耕す者は以て益ます急ならざる可からず。何の故ぞ。則ち食う者衆くして耕す者寡なければなり。今、天下、義を為すこと莫くんば、則ち子は我を勸むべき者なり。何の故に我を止むるや」と。
現代語訳
墨子が魯から斉へ行き、旧知の人に立ち寄った。その人が墨子に言った。「いま天下に義を行う者はいない。あなただけが自分を苦しめて義を行っている。やめたほうがよい」。墨子が言った。「いまここに人がいて、子が十人いるとする。一人が耕して九人が座っているなら、耕す者はますます急がなければならない。なぜか。食う者が多くて耕す者が少ないからだ。いま天下に義を行う者がいないなら、あなたは私を励ますべき人だ。どうして私を止めるのか」。
解説
誰もやっていないからやめろ、という助言を、そのまま裏返します。やる人が少ないほど、やっている一人の手はいっそう急がねばならない。十人の子と一人の耕作者というたとえが、数の少なさを理由に諦める論法を封じます。少数であることを、撤退の理由から加速の理由へ入れ替える一段です。同じ事実から逆の結論を引き出せる、という実例でもあります。
この章句が説くこと
少数義継続励まし逆転
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