墨子 / 貴義
子墨子謂二三子曰:為義而不能,必無排其道。譬若匠人之斵而不能,無排其繩。
新字:子墨子謂二三子曰:為義而不能,必無排其道。譬若匠人之斵而不能,無排其縄。
書き下し
子墨子、二三子に謂いて曰く、義を為して能わずんば、必ず其の道を排する無かれ。譬えば匠人の斵りて能わざるも、其の繩を排する無きが若し。
現代語訳
墨子が門人たちに言った。義を行おうとしてできなかったとき、必ずその道のほうを責めるな。たとえば大工が削ろうとしてうまくいかなくても、墨縄のほうを責めないようなものだ。
解説
できなかったときに、基準のほうを疑って捨ててしまう。よくある反応です。大工が真っすぐ削れなかったからといって、墨縄が悪いとは言わない。基準は基準として置いたまま、腕のほうを問う。理想が高すぎるからやめよう、という結論に飛ぶ前に置いておきたい一行です。届かないことと、基準が間違っていることは別だ、という区別になります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
基準腕責任道失敗
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