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墨子 / 耕柱

子墨子曰:「季孫紹與孟伯常治魯國之政,不能相信,而祝於禁社,曰:『茍使我和。』是猶弇其目,而視於禁社也,茍使我皆視。』豈不繆哉!」

新字:子墨子曰:「季孫紹与孟伯常治魯国之政,不能相信,而祝於禁社,曰:『茍使我和。』是猶弇其目,而視於禁社也,茍使我皆視。』豈不繆哉!」

書き下し

子墨子曰く、「季孫紹と孟伯常と、魯國の政を治むるに、相い信ずる能わずして、禁社に祝りて曰く、『茍くも我をして和せしめよ』と。是れ猶お其の目を弇いて、禁社に視んとし、『茍くも我をして皆な視せしめよ』と曰うがごときなり。豈に繆らざらんや」と。

現代語訳

墨子が言った。「季孫紹と孟伯常が魯の国政を執りながら、互いに信じ合えず、社に祈って『どうか我らを和合させてください』と言った。これは自分の目を覆っておきながら社に向かって『どうか我らがよく見えるようにしてください』と言うようなものだ。筋が通らないではないか」。

解説

自分でできることを手放したまま、結果だけを祈る。目を覆ったまま見えるようにと願うたとえが、その滑稽さを一撃で示します。信じ合えないのは互いの振る舞いの結果であって、外から与えられるものではない。組織の風土を嘆きながら、自分の振る舞いを変えない態度に、そのまま当たります。祈る前に、自分が塞いでいるものを外せということです。

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