墨子 / 耕柱
子墨子怒耕柱子,耕柱子曰:「我毋俞於人乎?」子墨子曰:「我将上大行,駕驥與羊,我将誰毆耕柱子曰:「将毆驥也。」子墨子曰:「何故毆驥也?」耕柱子曰:「驥足以責。」子曰:「我亦以子為足以責。」
新字:子墨子怒耕柱子,耕柱子曰:「我毋俞於人乎?」子墨子曰:「我将上大行,駕驥与羊,我将誰殴耕柱子曰:「将殴驥也。」子墨子曰:「何故殴驥也?」耕柱子曰:「驥足以責。」子曰:「我亦以子為足以責。」
書き下し
子墨子、耕柱子を怒る。耕柱子曰く、「我れ人に俞れること毋きか」と。子墨子曰く、「我れ将に大行に上らんとし、驥と羊とを駕せば、我れ将た誰をか毆たん」と。耕柱子曰く、「将に驥を毆たんとするなり」と。子墨子曰く、「何の故に驥を毆つや」と。耕柱子曰く、「驥は以て責むるに足ればなり」と。子曰く、「我れも亦た子を以て責むるに足ると為すなり」と。
現代語訳
墨子が耕柱子を叱った。耕柱子が言った。「私には人より優れたところが無いのでしょうか」。墨子が言った。「私が太行山を登ろうとして、駿馬と羊とを車につけたら、私はどちらを打つだろうか」。耕柱子が言った。「駿馬を打つでしょう」。墨子が言った。「なぜ駿馬を打つのか」。耕柱子が言った。「駿馬は責めるに足るからです」。墨子が言った。「私もまた、おまえを責めるに足ると思っているのだ」。
解説
叱られた弟子が、自分は見込みがないのかと問う。師は問い返して、当人に答えを出させます。峠を登るとき鞭が当たるのは羊ではなく駿馬のほうだ、と。厳しく言われることは期待の裏返しだという定番の答えですが、自分で言わせている点がうまい。叱った直後にこの説明が続くから届くのであって、順序も大事です。時間が空くと、叱責だけが残ります。
この章句が説くこと
叱責期待教育対話見込み
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『墨子』耕柱子墨子、耕柱子を荆の楚に游ばしむ。二三子、之を過ぎるに、之に食するに三升を以てし、之を客するに厚からず。二三子、子墨子に復して曰く、「耕柱子、楚に處るも益無し。二三子、之を過ぐるに、之に食するに三升を以てし、之を客するに厚からず」と。子墨子曰く、「未だ知る可からざるなり」と。㡬何も母くして、十金を子墨子に遺りて曰く、「後生、敢えて死せず。十金、此に有り、願わくは夫子の用いんことを」と。子墨子曰く、「果たして未だ知る可からざるなり」と。
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『墨子』耕柱巫馬子、子墨子に謂う、「之れ義を為すや、人、見ずして耶し、鬼、見ずして富ます。而るに子、之を為すは、狂疾有り」と。子墨子曰く、「今、子をして二臣を此に有らしめん。其の一人なる者は、子を見れば事に従い、子を見ざれば則ち事に従わず。其の一人なる者は、子を見るも亦た事に従い、子を見ざるも亦た事に従う。子、此の二人に於いて誰をか貴ばん」と。巫馬子曰く、「我れは其の我を見るも亦た事に従い、我を見ざるも亦た事に従う者を貴ばん」と。子墨子曰く、「然らば則ち是れ子も亦た狂疾有るを貴ぶなり」と。