墨子 / 大取
諸聖人所先,為人。欲名,實名。實不必名。茍是石也白,敗是石也,盡與白同。是石也唯大,不與大同。是有便謂焉也。以形貌命者,必智是之謀也,焉智某也。不可以形貌命者,唯不智是之某也,智某可也。諸以居運命者,茍人於其中者,皆是也;去之,因非也。諸以居運命者,若鄉里齊荆者,皆是。諸以形貌命者,若山丘室廟者,皆是也。智與意異。重同,具同,連同,同類之同,同名之同,丘同,鮒同,是之同,然之同,同根之同。有非之異,有不然之異。有其異也,為其同也,為其同也異。
新字:諸聖人所先,為人。欲名,実名。実不必名。茍是石也白,敗是石也,尽与白同。是石也唯大,不与大同。是有便謂焉也。以形貌命者,必智是之謀也,焉智某也。不可以形貌命者,唯不智是之某也,智某可也。諸以居運命者,茍人於其中者,皆是也;去之,因非也。諸以居運命者,若鄉里斉荆者,皆是。諸以形貌命者,若山丘室廟者,皆是也。智与意異。重同,具同,連同,同類之同,同名之同,丘同,鮒同,是之同,然之同,同根之同。有非之異,有不然之異。有其異也,為其同也,為其同也異。
書き下し
諸そ聖人の先んずる所は、人の為なり。名を欲す、實の名なり。實は必ずしも名あらず。茍くも是の石や白ければ、是の石を敗るも、盡く白と同じ。是の石や唯だ大なるも、大と同じからず。是れ便ち焉れを謂う有るなり。形貌を以て命ずる者は、必ず是の謀を智るなり、焉んぞ某を智らんや。形貌を以て命ず可からざる者は、唯だ是の某を智らざるも、某を智るは可なり。諸そ居運を以て命ずる者は、茍くも其の中に人あれば、皆な是なり。之を去れば、因りて非なり。諸そ居運を以て命ずる者は、鄉里・齊荆の若き者は、皆な是なり。諸そ形貌を以て命ずる者は、山丘・室廟の若き者は、皆な是なり。智と意とは異なる。重同、具同、連同、同類の同、同名の同、丘同、鮒同、是の同、然の同、同根の同。非の異有り、不然の異有り。其の異有るや、其の同を為すなり。其の同を為すや異なり。
現代語訳
聖人が先にすることは、みな人のためである。名を求めるのは、実の名である。実には必ずしも名があるとは限らない。この石が白ければ、この石を砕いても、砕けた欠片はすべて白い。この石が大きくても、欠片は大きくない。それでこう言うのである。形や姿によって名づけるものは、必ずその作りを知るのであって、どうしてその個体を知ろうか。形や姿によって名づけられないものは、その個体を知らなくても、それを知ることはできる。住む場所によって名づけるものは、その中に人がいればみなそうであり、離れればそうではなくなる。住む場所によって名づけるものは、郷里や斉や楚のようなもので、みなそうである。形や姿によって名づけるものは、山や丘や部屋や廟のようなもので、みなそうである。知と意とは異なる。重なる同、そなわる同、連なる同、同類の同、同名の同、丘の同、鮒の同、これの同、そうであることの同、同じ根の同。非の異があり、そうでないことの異がある。異があるのは、同があるからである。同を作ることが、そのまま異である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』非攻下今、還た夫の攻伐を好むの君、乂た其の説を飾りて以て子墨子を非として曰く、攻伐を以て不義と為すは、利物に非ざるか。昔者、禹は有苗を征し、湯は桀を伐ち、武王は紂を伐つ。此れ皆な立ちて聖王と為る。是れ何の故ぞや、と。子墨子曰く、子は未だ吾が言の類を察せず、未だ其の故に明らかならざる者なり。彼は謂う所の攻に非ず、誅と謂うなり。
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