墨子 / 經說下
聞在外者,所不知也;或曰「在室者之色若是其色」,是所不智若所智也。猶白若黑也,誰勝?是若其色也,若白者必白;今也智其色之若白也,故智其白也。夫名以所眀正所不智,不以所不智疑所眀,若以尺度所不智長。外,親智也;窒中,説智也。以,誖,不可也。出入之言可,是不誖,則是有可也。之人之言不可,以當,必不審。惟,謂是霍,可。而猶之非夫霍也,謂彼是是也,不可,謂者毋惟乎其謂。彼猶惟乎其謂,則吾謂不行;彼若不惟其謂,則不行也。
新字:聞在外者,所不知也;或曰「在室者之色若是其色」,是所不智若所智也。猶白若黒也,誰勝?是若其色也,若白者必白;今也智其色之若白也,故智其白也。夫名以所明正所不智,不以所不智疑所明,若以尺度所不智長。外,親智也;窒中,説智也。以,誖,不可也。出入之言可,是不誖,則是有可也。之人之言不可,以当,必不審。惟,謂是霍,可。而猶之非夫霍也,謂彼是是也,不可,謂者毋惟乎其謂。彼猶惟乎其謂,則吾謂不行;彼若不惟其謂,則不行也。
書き下し
外に在るを聞くは、知らざる所なり。或るひと曰く、「室に在る者の色は是の色の若し」と。是れ智らざる所を智る所に若うるなり。猶お白の黑に若うがごときなり、誰か勝たん。是れ其の色の若きなり。白き者の若きは必ず白し。今や其の色の白きが若きを智る、故に其の白きを智るなり。夫れ名は眀らかなる所を以て智らざる所を正し、智らざる所を以て眀らかなる所を疑わず。尺を以て智らざるの長さを度るが若し。外は、親智なり。窒中は、説智なり。以。誖るは、不可なり。出入の言、可なれば、是れ誖らず、則ち是れ可なる有り。之の人の言、不可なれば、以て當たるも、必ず審らかならず。惟。是を霍と謂うは、可なり。而れども猶お之れ夫の霍に非ざるなり。彼の是を是と謂うは、不可なり。謂う者は其の謂に惟うこと毋かれ。彼、猶お其の謂に惟わば、則ち吾が謂、行われず。彼、若し其の謂に惟わずんば、則ち行われざるなり。
現代語訳
外にあるものを聞くのは、知らないことである。ある人が「部屋にあるものの色はこの色のようだ」と言う。それは知らないことを知っていることに合わせることである。白を黒に合わせるようなもので、どちらが勝つのか。それがその色のようであるなら、白いものは必ず白い。いまその色が白のようだと知る、だからその白さを知るのである。そもそも名は、明らかなものによって明らかでないものを正すのであって、明らかでないものによって明らかなものを疑うのではない。物差しで、まだ知らない長さを測るようなものだ。外にあるものは、自分で見て知る。閉ざされた中のものは、説明によって知る。以について。道理に反するものは、成り立たない。出入りの言葉が成り立つなら、それは道理に反しておらず、成り立つところがある。その人の言葉が成り立たないなら、当たっていても必ず確かではない。惟について。これを霍と呼ぶのはよい。しかしそれはあの霍ではない。相手のこれをこれと呼ぶのは成り立たない。呼ぶ者は、その呼び方だけにこだわってはならない。相手がその呼び方にこだわれば、私の言うことは通らない。相手がその呼び方にこだわらなければ、やはり通らない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第十四さありて此度長篠にて勝頼公の人数甲州衆うへの原に加藤丹後を残し置き、其余は一円に立て是八千なり、上野衆四千信濃より六千合せて一万八千の内、鳶が巣に千又長篠城奥平押へに千おきて、残る一万六千をもつて七万あまりの人数の節所を三ツまで搆へ、柵の木を三重にふりて待ちかまへてゐる所へ、面もふらずかゝるは、敵四人こなた一人のつもりなれ共、節所と柵の木とを考れば是又敵に十万の加勢なり、縦へば十七万の人数の籠りたる城を一万六千にて責めたるごとくなり、信玄公つねの智略にも千籠りたる城をば、二四の人数にてせめんと定め給ふ、五千にてはことあやうしと有り、
-
『驢鞍橋』卷上卯の夏夜話に曰く、我分別いつとなく失せ、慮知抔と云ふことなし。然る間云ひ損ひも有らんず事ぢやが、出次第に働きて、此年迄来れとも間に合はぬ事無し。総して若き時より無分別なる性也。然れども元より事の談合肝要の時に至ては、何たる分別者よりも我一言に究むる事多し。我もいな事に思ふ也。但しつゝきれて云ふ心か、夫れは元より中中强い位有り、事の談合に及んでは、聞くと早や胸すはつてつゝきれて云はるゝと也。
-
『囲炉夜話』第二百三則・必ず諸を心に問ふ言は盡くは信ず可からず、必ず諸を理に揆る。事は未だ遽かに行ふ可からず、必ず諸を心に問ふ。
-
史記 南越列伝使者皆東郷し、太后南郷し、王北郷し、相嘉・大臣皆西郷し、侍坐して飲む。嘉の弟将為り、卒を将ゐて宮外に居る。酒行はれ、太后嘉に謂ひて曰く、「南越の内属は、国の利なり、而るに相君苦だ便ならずとする者は、何ぞや」と。以て使者を激怒せしめんとす。使者狐疑して相杖り、遂に敢て発する莫し。嘉耳目の是に非ざるを見て、即ち起ちて出づ。太后怒り、嘉を鏦くに矛を以てせんと欲す、王太后を止む。嘉遂に出で、其の弟の兵を分かちて舎に就き、病と称し、王及び使者に見ゆるを肯ぜず。乃ち陰に大臣と乱を作さんとす。王素より嘉を誅するに意無し、嘉之を知る、故を以て数月発せず。太后淫行有り、国人附かず、独り嘉等を誅せんと欲するも、力又能はず。天子嘉の王に聴かず、王・王太后弱孤にして制すること能はず、使者怯えて決無きを聞く。又以為へらく王・王太后已に漢に附く、独り呂嘉乱を為す、以て兵を興すに足らずと、荘参をして二千人を以て往きて使ひせしめんと欲す。参曰く、「好を以て往かば、数人にて足れり。武を以て往かば、二千人以て為す足る無し」と。辞して可かず、天子参を罷む。郟の壮士、故の済北の相韓千秋奮ひて曰く、「区区たる越を以て、又王・太后の応ずる有り、独り相呂嘉害を為す、願はくは勇士二百人を得て、必ず嘉を斬りて以て報ぜん」と。是に於て天子千秋と王太后の弟樛楽とを遣はし二千人を将ゐて往かしめ、越の境に入る。呂嘉等乃ち遂に反し、令を国中に下して曰く、「王年少し。太后は、中国の人なり、又使者と乱し、専ら内属を欲し、尽く先王の宝器を持して入りて天子に献じて以て自ら媚び、多く人を従へ、行きて長安に至り、虜売して以て僮僕と為さんとす。自ら一時の利を脱するを取り、趙氏の社稷を顧み、万世の為に慮計するの意無し」と。乃ち其の弟と卒を将ゐて王・太后及び漢の使者を攻め殺す。
-
『大和俗訓』巻之八・応接一人のするわざ、其善悪十分に知れて、明白なること有り。又其事の有様、其人の心の中、善きも悪しきも、明かに知らざること多し。我が心に悪ししと思ふことも、その実をよく尋ぬれば、道理あることあり。善しと思ふことにも、善からざることあり。かやうのこと唐もやまとも、古今多し。天下皆非なるの理なしと、古人もいへり。何事も、人のしわざに故あらんと思ひ、妄に人を悪みそしるべからず。又妄に誉むべからず。
-
孫子・地形篇卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿に赴くべし。卒を視ること愛子の如し、故に之と俱に死すべし。厚くして使う能わず、愛して令する能わず、乱れて治むる能わざれば、譬えば驕子の若く、用うべからざるなり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る