墨子 / 經說上
實,其志氣之見也,使人如己,不若金聲玉振忠,不利弱子亥足将入止容。孝,以親為芬,而能能利親,不必得。信,不以其言之當也,使人視城得金。佴,與人遇,人衆,循。為是為是之治彼也,弗為也。亷,己惟為之,知其思佴也所令非,身弗行。任,為身之所惡,以成人之所急。勇,以其敢於是也,命之,不以其不敢於彼也,害之。力,重之謂下,與重舊也。生,楹之生,商不可必也。臥,……。夢。
新字:実,其志気之見也,使人如己,不若金声玉振忠,不利弱子亥足将入止容。孝,以親為芬,而能能利親,不必得。信,不以其言之当也,使人視城得金。佴,与人遇,人衆,循。為是為是之治彼也,弗為也。廉,己惟為之,知其思佴也所令非,身弗行。任,為身之所悪,以成人之所急。勇,以其敢於是也,命之,不以其不敢於彼也,害之。力,重之謂下,与重旧也。生,楹之生,商不可必也。臥,……。夢。
書き下し
實。其の志氣の見わるるなり。人をして己が如くならしむるは、金聲玉振に若かず。忠。弱子を利せず、亥足、将に入りて容を止めんとす。孝。親を以て芬と為し、而して能く親を利す。必ずしも得ず。信。其の言の當たるを以てせざるなり。人をして城を視て金を得しむ。佴。人と遇うに、人衆ければ循う。是を為すも、是を為して彼を治むるは、為さざるなり。亷。己れ惟だ之を為し、其の佴を思うを知るなり。令する所、非なれば、身、行わず。任。身の惡む所を為して、以て人の急とする所を成す。勇。其の是に敢えてするを以て之に命じ、其の彼に敢えてせざるを以て之を害せず。力。重きを之れ下と謂う、重と舊とは與にす。生。楹の生ずるは、商、必とす可からざるなり。臥、……。夢。
現代語訳
実について。その志と気が現れることである。人を自分と同じようにさせるのは、鐘と玉を打ち鳴らすのに及ばない。忠について。弱い子を利さず……。孝について。親を自分の分とし、親を利することができる。必ずしも得られるとは限らない。信について。その言葉が当たっているかどうかによらない。人に城を見に行かせて金を得させるようなものだ。佴について。人と出会うとき、人が多ければそれに従う。それを行うにしても、それを行って相手を治めるのは、行わない。廉について。自分がただそれを行い、相手が従うことを思っていると知ることである。命じられたことが正しくなければ、自分では行わない。任について。自分の嫌なことを引き受けて、人の急ぐことを成し遂げる。勇について。この場で敢えて行ったことによってその人を評価し、あの場で敢えて行わなかったことによってその人を損なわない。力について。重さを下向きの働きという。重と旧とは共にある。生について。柱が生じるのは、はかって必ずそうなるとは言えない。臥について……。夢について。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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