墨子 / 非儒下
又曰:「君子勝不逐奔,揜函弗射,施則助之胥車。」應之曰:若皆仁人也,則無説而相與。仁人則其取舍是非之理相告,無故從有故也,弗知從有知也,無辭必服,見善必遷,何故相若兩暴交争,其勝者欲不逐奔,揜函弗射,施則助之胥車,雖盡能猶且不得為君子也。意暴殘之國也,聖人将為世除害,興師誅罰,勝将因用儒術令士卒曰:「母逐奔,揜函勿射,施則助之胥車。」暴亂之人也得治天下害不除,是為羣殘父母而深賤世也,不義莫大焉。
新字:又曰:「君子勝不逐奔,揜函弗射,施則助之胥車。」応之曰:若皆仁人也,則無説而相与。仁人則其取舎是非之理相告,無故従有故也,弗知従有知也,無辞必服,見善必遷,何故相若両暴交争,其勝者欲不逐奔,揜函弗射,施則助之胥車,雖尽能猶且不得為君子也。意暴残之国也,聖人将為世除害,興師誅罰,勝将因用儒術令士卒曰:「母逐奔,揜函勿射,施則助之胥車。」暴乱之人也得治天下害不除,是為羣残父母而深賤世也,不義莫大焉。
書き下し
又た曰く、「君子は勝ちて奔るを逐わず、函を揜いて射ず、施けば則ち之を助けて車を胥く」と。之に應じて曰く、若し皆な仁人ならば、則ち説くこと無くして相い與せん。仁人は則ち其の取舍是非の理を相い告げ、故無き者は故有るに従い、知らざる者は知有るに従い、辭無ければ必ず服し、善を見れば必ず遷る。何の故にか相い若かん。兩暴、交ごも争いて、其の勝つ者、奔るを逐わず、函を揜いて射ず、施けば則ち之を助けて車を胥くを欲せば、能を盡くすと雖も猶お且つ君子と為るを得ざるなり。意うに暴殘の國なり。聖人、将に世の為に害を除かんとし、師を興して誅罰し、勝ちて将に儒術を用い士卒に令して曰わんとす、「奔るを逐うこと母かれ、函を揜いて射ること勿かれ、施けば則ち之を助けて車を胥け」と。暴亂の人、治を得て天下の害、除かれず。是れ羣もて父母を殘い、而して深く世を賤しむと為すなり。不義、焉より大なるは莫し。
現代語訳
またこうも言う。「君子は勝っても逃げる者を追わず、鎧で身を覆った者を射ず、車が動かなくなれば助けて押してやる」。これに答えて言う。もしどちらも仁ある人なら、説くまでもなく互いに味方する。仁ある人は取捨と是非の理を告げ合い、根拠のない者は根拠のある者に従い、知らない者は知っている者に従い、言い分がなければ必ず従い、善を見れば必ず移る。なぜ争うことがあろう。二つの暴虐な国が争って、勝った側が逃げる者を追わず、覆った者を射ず、車を押してやろうとするなら、どれほど力を尽くしても君子にはなれない。あるいは相手が残虐な国である。聖人が世のために害を除こうと軍を起こして討ち、勝ってから儒者の作法を用いて兵に命じたとする。「逃げる者を追うな、覆った者を射るな、車が止まれば押してやれ」。すると乱暴な者が助かって、天下の害は除かれない。これは大勢で人の父母を害し、世を深く軽んじることになる。これより大きな不義はない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』非攻下今、王公大人・天下の諸侯は則ち然らず。將に必ず皆な其の爪牙の士を差論し、皆な其の舟車の卒伍を列ね、此に於て堅甲利兵を為りて、以て往きて罪無きの國を攻伐す。其の國家の邊境に入り、其の禾稼を芟刈し、其の樹木を斬り、其の城郭を墜して以て其の溝池を湮め、其の牲牷を攘殺し、其の祖廟を燔潰し、其の萬民を勁殺し、其の老弱を覆し、其の重器を遷す。卒、進みて柱いて鬭い、曰く、「死して命ずるを上と為し、多く殺すを之に次ぎ、身傷つく者を下と為す。又た况んや先に列して北ぎ撓むをや。罪は死して殺す無く、以て其の衆を譂ましむ」と。夫れ國を兼ね軍を覆し、萬民を賊虐して、以て聖人の緒を亂す無し。
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『墨子』非攻下是の故に子墨子曰く、今、且つ天下の王公大人・士君子、中情、將に天下の利を興し、天下の害を除かんことを求め欲せば、當に攻伐を繁く為すが若きは、此れ實に天下の巨害なり。今、仁義を為し、上士たるを求めんと欲し、上は聖王の道に中らんと欲し、下は國家百姓の利に中らんと欲せば、故に當に非攻の説の若きにして、將に察せざる可からざる者、此れなり。
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『墨子』非儒下夫れ一に道術學業とは、仁義なり。昔、大にしては以て人を治め、小にしては以て官に任じ、逺くしては施し、用いては偏く、近くしては以て身を循む。不義には處らず、非理には行わず。務めて天下の利を興し、曲直周旋、利あれば則ち止まる。此れ君子の道なり。聞く所の孔丘の行いを以てすれば、則ち本より此と相い反謬するなり。
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『墨子』非攻下則ち夫の攻伐を好むの君、又た其の説を飾りて曰く、我れ金玉子女壤地を以て足らずと為すに非ざるなり。我れ義の名を以て天下に立て、徳を以て諸侯を來さんと欲するなり、と。子墨子曰く、今、若し能く義の名を以て天下に立て、徳を以て諸侯を來す者有らば、天下の服すること立ちどころに待つ可きなり。夫れ天下、攻伐に處ること久し。譬うるに猶お傅子の馬を為るが然り。
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『墨子』非攻下今、若し能く信に効して先ず天下の諸侯を利する者有らば、大國の不義なるは、則ち同じく之を憂え、大國の小國を攻むるは、則ち同じく之を救い、小國の城郭の全からざるは、必ず之を修めしめ、布粟の絶ゆれば則ち之を委ね、幣帛の足らざれば則ち之を共にす。此を以て大國に効さば、則ち小國の君、説ばん。人、勞して我れ逸すれば、則ち我が甲兵、强し。寛にして以て惠み、緩にして急に易うれば、民、必ず移らん。攻伐を易えて以て我が國を治むれば、攻、必ず倍せん。我が師を舉ぐるの費を量りて、以て諸侯の斃るるを諍わば、則ち必ず得て序利す可し。督するに義を止むるを以てすれば其の名あり、必ず吾が衆を寛にし、吾が師を信にするを務む。此を以て諸侯の師に授くれば、則ち天下に敵無し。其の下と為ること勝げて數う可からざるなり。天下の利を以てして、王公大人、知りて用いざれば、則ち此れ天下を利するの巨務を知らずと謂う可し。
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『墨子』非攻下今、還た夫の攻伐を好むの君、乂た其の説を飾りて以て子墨子を非として曰く、攻伐を以て不義と為すは、利物に非ざるか。昔者、禹は有苗を征し、湯は桀を伐ち、武王は紂を伐つ。此れ皆な立ちて聖王と為る。是れ何の故ぞや、と。子墨子曰く、子は未だ吾が言の類を察せず、未だ其の故に明らかならざる者なり。彼は謂う所の攻に非ず、誅と謂うなり。