墨子 / 非樂上
昔者齊康公興樂萬,人不可衣短褐,不可食糠糟。曰:「食飲不美,面目顔色不足視也;衣服不美,身體従容醜羸,不足觀也。」是以食必粱肉,衣必文繡。此掌不従事乎衣食之財,而掌食乎人者也。是故子墨子曰:今王公大人惟無為樂,虧奪民衣食之財以拊樂,如此多也。是故子墨子曰:為樂非也。
新字:昔者斉康公興楽万,人不可衣短褐,不可食糠糟。曰:「食飲不美,面目顔色不足視也;衣服不美,身体従容醜羸,不足観也。」是以食必粱肉,衣必文繡。此掌不従事乎衣食之財,而掌食乎人者也。是故子墨子曰:今王公大人惟無為楽,虧奪民衣食之財以拊楽,如此多也。是故子墨子曰:為楽非也。
書き下し
昔者、齊の康公、樂萬を興す。人、短褐を衣る可からず、糠糟を食らう可からず。曰く、「食飲、美ならざれば、面目顔色、視るに足らざるなり。衣服、美ならざれば、身體、従容として醜羸にして、觀るに足らざるなり」と。是を以て食は必ず粱肉、衣は必ず文繡なり。此れ掌ら衣食の財に従事せずして、掌ら人に食む者なり。是の故に子墨子曰く、今、王公大人、惟だ樂を為すこと無くんばあらず。民の衣食の財を虧き奪いて以て樂を拊つこと、此くの如く多きなり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
現代語訳
むかし斉の康公が大規模な舞楽を興した。楽人には粗末な短い衣を着せず、糠や酒粕を食べさせなかった。こう言った。「飲食が美しくなければ、顔つきや顔色が見るに堪えない。衣服が美しくなければ、体の動きが醜く痩せて見るに堪えない」。だから食事は必ず上等の穀物と肉、衣は必ず刺繍入りだった。彼らはもっぱら衣食の財を生む仕事に従事せず、もっぱら人の生産を食べる者である。だから墨子が言った。いま王公大人は音楽を行う。民の衣食の財を欠けさせ奪って音楽を鳴らすこと、これほど多い。だから墨子が言った、音楽を行うのは非である、と。
解説
楽人の維持費が、質の要求から必然的に上がる仕組みを描きます。顔色が悪ければ見栄えがしないから、良い食事を出す。痩せていれば見栄えがしないから、良い衣を着せる。見せるための仕事は、担い手の待遇まで押し上げる。「不従事乎衣食之財、而掌食乎人者也」——生産せずに人の生産を食べる、という定義も鋭い。間接部門の費用がどう膨らむかの分析としても読めます。
この章句が説くこと
維持費見栄え間接生産待遇
関連する章句
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『墨子』非樂上今、王公大人、惟だ髙臺厚榭の上に處りて之を視ること無くんばあらず。鍾は猶お是れ延鼎のごときなり。撞擊せずんば、将に何の樂しみをか焉に得んや。其の説は将に必ず之を撞擊せんとす。惟だ撞擊する勿くんば、将に必ず老と遲き者とを使わざらんとす。老と遲き者とは、耳目、聰眀ならず、股肱、畢く强からず、聲、和調せず、眀、轉朴ならず。将に必ず壯年を使わんとす。其の耳目の聰眀、股肱の畢く强き、聲の和調、眀の轉朴に因る。文夫をして之を為さしめば、丈夫の耕稼樹藝の時を廢す。婦人をして之を為さしめば、婦人の紡績織絍の事を廢す。今、王公大人、惟だ樂を為すこと毋くんばあらず。民の衣食の時を虧き奪いて以て樂を拊つこと、此くの如く多きなり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
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『墨子』非樂上今、大鍾・鳴鼓・琴瑟・竽笙の聲、既已に具われり。大人、鏽然として奏して獨り之を聴かば、将に何の樂しみをか焉に得んや。其の説は將に必ず賤人と與にせんとす。君子と與にせず。之を聴くこと君子と之を聴かば、君子の聴治を廢す。賤人と之を聴かば、賤人の従事を廢す。今、王公大人、惟だ樂を為すこと毋くんばあらず。民の衣食の財を虧き奪いて以て樂を拊つこと、此くの如く多きなり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
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『墨子』非樂上今、惟だ王公大人に在りて樂を説びて之を聴かば、即ち必ず蚤に朝し晏く退き、獄を聴き政を治むる能わず。是の故に國家亂れて社稷危うし。今、惟だ士君子に在りて樂を説びて之を聴かば、即ち必ず股肱の力を竭くし、其の思慮の智を亶くし、内は官府を治め、外は關市・山林・澤梁の利を收歛して、以て倉廪府庫を實たす能わず。是の故に倉廪府庫、實たず。今、惟だ農夫に在りて樂を説びて之を聴かば、即ち必ず蚤に出で暮に入り、耕稼樹藝して、多く升粟を聚むる能わず、足らず。今、惟だ婦人に在りて樂を説びて之を聴かば、即ち必ず夙に興き夜に寐ね、紡績織絍して、多く麻絲葛緒を治め、布縿を細くせず。是の故に布縿、興らず。曰く、孰か大人の聴治を為して國家の従事を廢するか。曰く、樂なり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
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『墨子』非樂上是の故に子墨子の樂を非とする所以の者は、大鍾・鳴鼓・琴瑟・竽笙の聲を以て樂しからずと為すに非ざるなり。刻鏤華文章の色を以て美ならずと為すに非ざるなり。犓豢・煎炙の味を以て甘からずと為すに非ざるなり。髙臺・厚榭・䆳野の居を以て安からずと為すに非ざるなり。身、其の安きを知り、口、其の甘きを知り、目、其の美を知り、耳、其の樂しきを知ると雖も、然れども上、之を度るに聖人の事に中らず、下、之を度るに萬民の利に中らず。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
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『墨子』非樂上民に三患有り。饑うる者、食を得ず、寒き者、衣を得ず、勞るる者、息うを得ず。三者は民の巨患なり。然らば則ち當に之が為に巨鍾を撞き、鳴鼓を擊ち、琴瑟を彈じ、竽笙を吹きて干戚せんに、民の衣食の財、将に安くんぞ得可けんや。即ち我れ以為えらく未だ必ずしも然らず。意うに此を舎きて、今、大國有れば即ち小國を攻め、大家有れば即ち小家を伐ち、强は弱を劫かし、衆は寡を暴い、詐は愚を欺き、貴は賤に傲り、冦亂盜賊、並び興りて、禁止す可からざるなり。然らば即ち當に之が為に巨鍾を撞き、鳴鼓を擊ち、琴瑟を彈じ、竽笙を吹きて干戚せんに、天下の亂るる、将に安くんぞ得て治む可けんや。即ち我れ未だ必ずしも然らず。是の故に子墨子曰く、姑く嘗みに厚く萬民に措歛して、以て大鍾・鳴鼓・琴瑟・竽笙の聲を為り、以て天下の利を興し、天下の害を除かんことを求むるも、補う無きなり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
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『墨子』非樂上今、王公大人、樂器を造為して以て事を國家に為すこと無しと雖も、直だ潦水を棓り、壤垣を折きて之を為すに非ざるなり。将に必ず厚く萬民に措斂して、以て大鍾・鳴鼓・琴瑟・竽笙の聲を為らんとす。之を譬うるに聖王の舟車を為るが若くんば、即ち我れ敢えて非とせざるなり。古者、聖王も亦た嘗て厚く萬民に措歛して、以て舟車を為る。既已に成れり。曰く、「吾れ将に惡許にか之を用いんとする」と。曰く、「舟は之を水に用い、車は之を陸に用う。君子は其の足を息わせ、小人は其の肩背を休む」と。故に萬民、財を出だし、齎して之を予え、敢えて以て慼恨と為さざる者は、何ぞや。其の反りて民の利に中るを以てなり。然らば則ち樂器の反りて民の利に中ること亦た此くの若くんば、即ち我れ敢えて非とせざるなり。然らば則ち當に樂器を用うべし。