墨子 / 非樂上
今王公大人惟無處髙臺厚榭之上而視之,鍾猶是延鼎也,弗撞擊,将何樂得焉哉?其説将必撞擊之。惟勿撞擊,将必不使老與遲者,老與遲者耳目不聰眀,股肱不畢强,聲不和調,眀不轉朴。将必使壯年,因其耳目之聰眀,股肱之畢强,聲之和調,眀之轉朴。使文夫為之,廢丈夫耕稼樹藝之時;使婦人為之,廢婦人紡績織絍之事。今王公大人惟毋為樂,虧奪民衣食之時以拊樂,如此多也。是故子墨子曰:為樂非也。
新字:今王公大人惟無処高台厚榭之上而視之,鍾猶是延鼎也,弗撞擊,将何楽得焉哉?其説将必撞擊之。惟勿撞擊,将必不使老与遅者,老与遅者耳目不聰明,股肱不畢强,声不和調,明不転朴。将必使壮年,因其耳目之聰明,股肱之畢强,声之和調,明之転朴。使文夫為之,廃丈夫耕稼樹芸之時;使婦人為之,廃婦人紡績織絍之事。今王公大人惟毋為楽,虧奪民衣食之時以拊楽,如此多也。是故子墨子曰:為楽非也。
書き下し
今、王公大人、惟だ髙臺厚榭の上に處りて之を視ること無くんばあらず。鍾は猶お是れ延鼎のごときなり。撞擊せずんば、将に何の樂しみをか焉に得んや。其の説は将に必ず之を撞擊せんとす。惟だ撞擊する勿くんば、将に必ず老と遲き者とを使わざらんとす。老と遲き者とは、耳目、聰眀ならず、股肱、畢く强からず、聲、和調せず、眀、轉朴ならず。将に必ず壯年を使わんとす。其の耳目の聰眀、股肱の畢く强き、聲の和調、眀の轉朴に因る。文夫をして之を為さしめば、丈夫の耕稼樹藝の時を廢す。婦人をして之を為さしめば、婦人の紡績織絍の事を廢す。今、王公大人、惟だ樂を為すこと毋くんばあらず。民の衣食の時を虧き奪いて以て樂を拊つこと、此くの如く多きなり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
現代語訳
いま王公大人は高い台や厚い屋根の上にいてそれを見る。鐘はそのままでは伸びた鼎のようなものだ。撞かなければ、何の楽しみが得られよう。だから必ず撞くことになる。撞くとなれば、必ず老人や動きの鈍い者は使わない。老人や鈍い者は耳目が明晰でなく、手足がすべて強くなく、音が調和せず、動きが素直でない。だから必ず壮年を使う。その耳目の明晰さ、手足の強さ、音の調和、動きの素直さによるからだ。男にこれをさせれば、男の耕作と植え付けの時を奪う。女にこれをさせれば、女の紡績と機織りの仕事を奪う。いま王公大人は音楽を行う。民の衣食の時を欠けさせ奪って音楽を鳴らすこと、これほど多い。だから墨子が言った、音楽を行うのは非である、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』非樂上今、大鍾・鳴鼓・琴瑟・竽笙の聲、既已に具われり。大人、鏽然として奏して獨り之を聴かば、将に何の樂しみをか焉に得んや。其の説は將に必ず賤人と與にせんとす。君子と與にせず。之を聴くこと君子と之を聴かば、君子の聴治を廢す。賤人と之を聴かば、賤人の従事を廢す。今、王公大人、惟だ樂を為すこと毋くんばあらず。民の衣食の財を虧き奪いて以て樂を拊つこと、此くの如く多きなり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
-
『墨子』非樂上今、惟だ王公大人に在りて樂を説びて之を聴かば、即ち必ず蚤に朝し晏く退き、獄を聴き政を治むる能わず。是の故に國家亂れて社稷危うし。今、惟だ士君子に在りて樂を説びて之を聴かば、即ち必ず股肱の力を竭くし、其の思慮の智を亶くし、内は官府を治め、外は關市・山林・澤梁の利を收歛して、以て倉廪府庫を實たす能わず。是の故に倉廪府庫、實たず。今、惟だ農夫に在りて樂を説びて之を聴かば、即ち必ず蚤に出で暮に入り、耕稼樹藝して、多く升粟を聚むる能わず、足らず。今、惟だ婦人に在りて樂を説びて之を聴かば、即ち必ず夙に興き夜に寐ね、紡績織絍して、多く麻絲葛緒を治め、布縿を細くせず。是の故に布縿、興らず。曰く、孰か大人の聴治を為して國家の従事を廢するか。曰く、樂なり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
-
『墨子』非樂上昔者、齊の康公、樂萬を興す。人、短褐を衣る可からず、糠糟を食らう可からず。曰く、「食飲、美ならざれば、面目顔色、視るに足らざるなり。衣服、美ならざれば、身體、従容として醜羸にして、觀るに足らざるなり」と。是を以て食は必ず粱肉、衣は必ず文繡なり。此れ掌ら衣食の財に従事せずして、掌ら人に食む者なり。是の故に子墨子曰く、今、王公大人、惟だ樂を為すこと無くんばあらず。民の衣食の財を虧き奪いて以て樂を拊つこと、此くの如く多きなり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
-
『墨子』非樂上今、王公大人、樂器を造為して以て事を國家に為すこと無しと雖も、直だ潦水を棓り、壤垣を折きて之を為すに非ざるなり。将に必ず厚く萬民に措斂して、以て大鍾・鳴鼓・琴瑟・竽笙の聲を為らんとす。之を譬うるに聖王の舟車を為るが若くんば、即ち我れ敢えて非とせざるなり。古者、聖王も亦た嘗て厚く萬民に措歛して、以て舟車を為る。既已に成れり。曰く、「吾れ将に惡許にか之を用いんとする」と。曰く、「舟は之を水に用い、車は之を陸に用う。君子は其の足を息わせ、小人は其の肩背を休む」と。故に萬民、財を出だし、齎して之を予え、敢えて以て慼恨と為さざる者は、何ぞや。其の反りて民の利に中るを以てなり。然らば則ち樂器の反りて民の利に中ること亦た此くの若くんば、即ち我れ敢えて非とせざるなり。然らば則ち當に樂器を用うべし。
-
『墨子』非樂上是の故に子墨子の樂を非とする所以の者は、大鍾・鳴鼓・琴瑟・竽笙の聲を以て樂しからずと為すに非ざるなり。刻鏤華文章の色を以て美ならずと為すに非ざるなり。犓豢・煎炙の味を以て甘からずと為すに非ざるなり。髙臺・厚榭・䆳野の居を以て安からずと為すに非ざるなり。身、其の安きを知り、口、其の甘きを知り、目、其の美を知り、耳、其の樂しきを知ると雖も、然れども上、之を度るに聖人の事に中らず、下、之を度るに萬民の利に中らず。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
-
『墨子』非樂上民に三患有り。饑うる者、食を得ず、寒き者、衣を得ず、勞るる者、息うを得ず。三者は民の巨患なり。然らば則ち當に之が為に巨鍾を撞き、鳴鼓を擊ち、琴瑟を彈じ、竽笙を吹きて干戚せんに、民の衣食の財、将に安くんぞ得可けんや。即ち我れ以為えらく未だ必ずしも然らず。意うに此を舎きて、今、大國有れば即ち小國を攻め、大家有れば即ち小家を伐ち、强は弱を劫かし、衆は寡を暴い、詐は愚を欺き、貴は賤に傲り、冦亂盜賊、並び興りて、禁止す可からざるなり。然らば即ち當に之が為に巨鍾を撞き、鳴鼓を擊ち、琴瑟を彈じ、竽笙を吹きて干戚せんに、天下の亂るる、将に安くんぞ得て治む可けんや。即ち我れ未だ必ずしも然らず。是の故に子墨子曰く、姑く嘗みに厚く萬民に措歛して、以て大鍾・鳴鼓・琴瑟・竽笙の聲を為り、以て天下の利を興し、天下の害を除かんことを求むるも、補う無きなり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。