墨子 / 非樂上
今王公大人雖無造為樂器,以為事乎國家,非直棓潦水、折壤垣而為之也,将必厚措斂乎萬民,以為大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲。譬之若聖王之為舟車也,即我弗敢非也。古者聖王亦嘗厚措歛乎萬民,以為舟車,既已成矣,曰:「吾将惡許用之?」曰:「舟用之水,車用之陸,君子息其足焉,小人休其肩背焉。」故萬民出財,齎而予之,不敢以為慼恨者,何也?以其反中民之利也。然則樂器反中民之利亦若此,即我弗敢非也。然則當用樂器
新字:今王公大人雖無造為楽器,以為事乎国家,非直棓潦水、折壤垣而為之也,将必厚措斂乎万民,以為大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之声。譬之若聖王之為舟車也,即我弗敢非也。古者聖王亦嘗厚措歛乎万民,以為舟車,既已成矣,曰:「吾将悪許用之?」曰:「舟用之水,車用之陸,君子息其足焉,小人休其肩背焉。」故万民出財,齎而予之,不敢以為慼恨者,何也?以其反中民之利也。然則楽器反中民之利亦若此,即我弗敢非也。然則当用楽器
書き下し
今、王公大人、樂器を造為して以て事を國家に為すこと無しと雖も、直だ潦水を棓り、壤垣を折きて之を為すに非ざるなり。将に必ず厚く萬民に措斂して、以て大鍾・鳴鼓・琴瑟・竽笙の聲を為らんとす。之を譬うるに聖王の舟車を為るが若くんば、即ち我れ敢えて非とせざるなり。古者、聖王も亦た嘗て厚く萬民に措歛して、以て舟車を為る。既已に成れり。曰く、「吾れ将に惡許にか之を用いんとする」と。曰く、「舟は之を水に用い、車は之を陸に用う。君子は其の足を息わせ、小人は其の肩背を休む」と。故に萬民、財を出だし、齎して之を予え、敢えて以て慼恨と為さざる者は、何ぞや。其の反りて民の利に中るを以てなり。然らば則ち樂器の反りて民の利に中ること亦た此くの若くんば、即ち我れ敢えて非とせざるなり。然らば則ち當に樂器を用うべし。
現代語訳
いま王公大人が楽器を作って国家の事とするのは、溜まり水を掘り土塀を崩して作るようなものではない。必ず民から重く取り立てて、大きな鐘、響く太鼓、琴や瑟、笙や竽を作る。たとえば聖王が舟や車を作ったのと同じなら、私はあえて否定しない。むかし聖王もまた民から重く取り立てて舟や車を作った。出来上がってから言った。「私はこれをどこで使うのか」。答えて言う。「舟は水で使い、車は陸で使う。君子は足を休ませ、庶民は肩と背を休める」。だから民は財を出し、贈って与えて、それを恨みに思わなかった。それはなぜか。それが返って民の利に適うからである。とすれば楽器が返って民の利に適うのがこれと同じなら、私はあえて否定しない。ならば楽器を用いるべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』非樂上今、王公大人、惟だ髙臺厚榭の上に處りて之を視ること無くんばあらず。鍾は猶お是れ延鼎のごときなり。撞擊せずんば、将に何の樂しみをか焉に得んや。其の説は将に必ず之を撞擊せんとす。惟だ撞擊する勿くんば、将に必ず老と遲き者とを使わざらんとす。老と遲き者とは、耳目、聰眀ならず、股肱、畢く强からず、聲、和調せず、眀、轉朴ならず。将に必ず壯年を使わんとす。其の耳目の聰眀、股肱の畢く强き、聲の和調、眀の轉朴に因る。文夫をして之を為さしめば、丈夫の耕稼樹藝の時を廢す。婦人をして之を為さしめば、婦人の紡績織絍の事を廢す。今、王公大人、惟だ樂を為すこと毋くんばあらず。民の衣食の時を虧き奪いて以て樂を拊つこと、此くの如く多きなり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
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『墨子』辭過古の民、未だ舟車を為るを知らざる時、重任は移らず、逺道は至らず。故に聖王、作りて舟車を為り、以て民の事に便す。其の舟車を為るや、全固輕利にして、以て重きに任じ逺きに致す可し。其の財を用うること少くして、利を為すこと多し。是を以て民樂しみて之を利す。故に法令は急ならずして行われ、民は勞せずして上は用を足す。故に民之に歸す。今の王に當たりては、其の舟車を為ること此と異なれり。全固輕利は皆な已に具われるに、必ず厚く百姓に作斂し、以て舟車を飾る。車を飾るに文采を以てし、舟を飾るに刻鏤を以てす。女子は其の紡織を廢して文采を脩む、故に民寒し。男子は其の耕稼を離れて刻鏤を脩む、故に民饑う。人君の舟車を為すこと此くの若し。故に左右之に象る。是を以て其の民、饑寒並び至る。故に姦衺を為すこと多し。多ければ則ち刑罰深く、刑罰深ければ則ち國亂る。君、實に天下の治を欲して其の亂を惡まば、當に舟車を為すは節せざる可からず。
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『墨子』非樂上今、大鍾・鳴鼓・琴瑟・竽笙の聲、既已に具われり。大人、鏽然として奏して獨り之を聴かば、将に何の樂しみをか焉に得んや。其の説は將に必ず賤人と與にせんとす。君子と與にせず。之を聴くこと君子と之を聴かば、君子の聴治を廢す。賤人と之を聴かば、賤人の従事を廢す。今、王公大人、惟だ樂を為すこと毋くんばあらず。民の衣食の財を虧き奪いて以て樂を拊つこと、此くの如く多きなり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
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『墨子』非樂上今、惟だ王公大人に在りて樂を説びて之を聴かば、即ち必ず蚤に朝し晏く退き、獄を聴き政を治むる能わず。是の故に國家亂れて社稷危うし。今、惟だ士君子に在りて樂を説びて之を聴かば、即ち必ず股肱の力を竭くし、其の思慮の智を亶くし、内は官府を治め、外は關市・山林・澤梁の利を收歛して、以て倉廪府庫を實たす能わず。是の故に倉廪府庫、實たず。今、惟だ農夫に在りて樂を説びて之を聴かば、即ち必ず蚤に出で暮に入り、耕稼樹藝して、多く升粟を聚むる能わず、足らず。今、惟だ婦人に在りて樂を説びて之を聴かば、即ち必ず夙に興き夜に寐ね、紡績織絍して、多く麻絲葛緒を治め、布縿を細くせず。是の故に布縿、興らず。曰く、孰か大人の聴治を為して國家の従事を廢するか。曰く、樂なり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
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『墨子』非樂上是の故に子墨子の樂を非とする所以の者は、大鍾・鳴鼓・琴瑟・竽笙の聲を以て樂しからずと為すに非ざるなり。刻鏤華文章の色を以て美ならずと為すに非ざるなり。犓豢・煎炙の味を以て甘からずと為すに非ざるなり。髙臺・厚榭・䆳野の居を以て安からずと為すに非ざるなり。身、其の安きを知り、口、其の甘きを知り、目、其の美を知り、耳、其の樂しきを知ると雖も、然れども上、之を度るに聖人の事に中らず、下、之を度るに萬民の利に中らず。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
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『墨子』非樂上昔者、齊の康公、樂萬を興す。人、短褐を衣る可からず、糠糟を食らう可からず。曰く、「食飲、美ならざれば、面目顔色、視るに足らざるなり。衣服、美ならざれば、身體、従容として醜羸にして、觀るに足らざるなり」と。是を以て食は必ず粱肉、衣は必ず文繡なり。此れ掌ら衣食の財に従事せずして、掌ら人に食む者なり。是の故に子墨子曰く、今、王公大人、惟だ樂を為すこと無くんばあらず。民の衣食の財を虧き奪いて以て樂を拊つこと、此くの如く多きなり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。