墨子 / 非樂上
今大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲既已具矣,大人鏽然奏而獨聴之,将何樂得焉哉?其説將必與賤人。不與君子。聴之與君子聴之,廢君子聴治;與賤人聴之,廢賤人之従事。今王公大人惟毋為樂,虧奪民之衣食之財以拊樂,如此多也。是故子墨子曰:為樂非也。
新字:今大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之声既已具矣,大人鏽然奏而独聴之,将何楽得焉哉?其説将必与賤人。不与君子。聴之与君子聴之,廃君子聴治;与賤人聴之,廃賤人之従事。今王公大人惟毋為楽,虧奪民之衣食之財以拊楽,如此多也。是故子墨子曰:為楽非也。
書き下し
今、大鍾・鳴鼓・琴瑟・竽笙の聲、既已に具われり。大人、鏽然として奏して獨り之を聴かば、将に何の樂しみをか焉に得んや。其の説は將に必ず賤人と與にせんとす。君子と與にせず。之を聴くこと君子と之を聴かば、君子の聴治を廢す。賤人と之を聴かば、賤人の従事を廢す。今、王公大人、惟だ樂を為すこと毋くんばあらず。民の衣食の財を虧き奪いて以て樂を拊つこと、此くの如く多きなり。是の故に子墨子曰く、樂を為すは非なり、と。
現代語訳
いま大きな鐘、響く太鼓、琴や瑟、笙や竽がすっかり揃った。上に立つ者がひっそりと演奏させて一人で聴いても、何の楽しみが得られよう。だから必ず誰かと共に聴くことになる。君子と共に聴けば、君子の政務を止める。庶民と共に聴けば、庶民の仕事を止める。いま王公大人は音楽を行う。民の衣食の財を欠けさせ奪って音楽を鳴らすこと、これほど多い。だから墨子が言った、音楽を行うのは非である、と。
解説
前章が演奏する側の人手を数えたのに対し、こちらは聴く側の時間を数えます。一人では楽しくないから誰かを呼ぶ。呼ばれた側は仕事を止める。上の楽しみに付き合う時間が、そのまま組織の停止時間になるという指摘です。上に立つ者の趣味に部下が時間を取られる構図は、いまも珍しくありません。
この章句が説くこと
付き合い停止時間上の趣味コスト参加
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