墨子 / 明鬼下
是故子墨子曰:嘗若鬼神之䏻賞賢而罰暴也,盖夲施之國家,施之萬民,實所以治國家、利萬民之道也。若以為不然,是以吏治官府之不潔亷,男女之為無别者,鬼神見之。民之為滛暴冦亂盜賊,以兵刃毒藥水火退無罪人乎道路,奪人車馬衣裘以自利者,有鬼神現之。是以吏治官府不敢不潔亷,見善不敢不賞,見暴不敢不罪。民之為滛暴冦亂盜賊,以兵刃毒藥水火退無罪人乎道路,奪車馬衣裘以自利者,由此止,是以莫放。幽間,擬乎鬼神之眀;顯眀,有一人畏上誅罰,是以天下治。
新字:是故子墨子曰:嘗若鬼神之䏻賞賢而罰暴也,盖本施之国家,施之万民,実所以治国家、利万民之道也。若以為不然,是以吏治官府之不潔廉,男女之為無別者,鬼神見之。民之為淫暴寇乱盗賊,以兵刃毒薬水火退無罪人乎道路,奪人車馬衣裘以自利者,有鬼神現之。是以吏治官府不敢不潔廉,見善不敢不賞,見暴不敢不罪。民之為淫暴寇乱盗賊,以兵刃毒薬水火退無罪人乎道路,奪車馬衣裘以自利者,由此止,是以莫放。幽間,擬乎鬼神之明;顕明,有一人畏上誅罰,是以天下治。
書き下し
是の故に子墨子曰く、嘗みに鬼神の能く賢に賞して暴を罰するが若きは、盖し夲より之を國家に施し、之を萬民に施すは、實に國家を治め萬民を利する所以の道なり。若し以て然らずと為さば、是を以て吏の官府を治むるの潔亷ならざる、男女の别無きを為す者を、鬼神、之を見る。民の滛暴・冦亂・盜賊を為し、兵刃・毒藥・水火を以て罪無き人を道路に退け、人の車馬衣裘を奪いて以て自ら利する者を、鬼神、之を現す有り。是を以て吏の官府を治むるに敢えて潔亷ならざらず、善を見て敢えて賞せざらず、暴を見て敢えて罪せざらず。民の滛暴・冦亂・盜賊を為し、兵刃・毒藥・水火を以て罪無き人を道路に退け、車馬衣裘を奪いて以て自ら利する者、此に由りて止む。是を以て放つこと莫し。幽間には、鬼神の眀に擬らえ、顯眀には、一人の上の誅罰を畏るる有り。是を以て天下治まる。
現代語訳
だから墨子が言った。鬼神が賢者を賞し暴悪を罰するということは、もともとこれを国家に施し万民に施せば、実に国家を治め万民を利する道である。もしそうでないというなら、役人が役所を治めるにあたって清廉でないことも、男女の別を守らないことも、鬼神はそれを見ている。民が乱暴を働き、盗みを働き、武器や毒薬や水や火で罪の無い人を道で待ち伏せ、その車馬や衣を奪って自分の利にすることも、鬼神はそれを現す。だから役人は役所を治めるにあたって清廉でないわけにいかず、善を見て賞さないわけにいかず、暴を見て罰しないわけにいかない。民が乱暴や盗みを働き、武器や毒薬や水や火で罪の無い人を待ち伏せ、車馬や衣を奪って自分の利にすることは、これによってやむ。だから放埒がなくなる。人目の無いところでは鬼神の明察になぞらえ、人目のあるところでは上の罰を畏れる。だから天下は治まる。
解説
この章句が説くこと
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