墨子 / 明鬼下
賞於祖者何也?言分命之均也;僇於社者何也?言聴獄之事也。故古聖王必以鬼神為賞賢而罰暴,是故賞必於祖,而僇必於社。此吾所以知《夏書》之鬼也。故尚書《夏書》,其次商周之書,語數鬼神之有也,重有重之。此其故何也?則聖王務之。以若書之説觀之,則鬼神之有,豈可疑哉?于古曰:吉日丁卯,周代祝社方,嵗于社考,以延年夀。若無鬼神,彼豈有所延年夀哉?
新字:賞於祖者何也?言分命之均也;僇於社者何也?言聴獄之事也。故古聖王必以鬼神為賞賢而罰暴,是故賞必於祖,而僇必於社。此吾所以知《夏書》之鬼也。故尚書《夏書》,其次商周之書,語数鬼神之有也,重有重之。此其故何也?則聖王務之。以若書之説観之,則鬼神之有,豈可疑哉?于古曰:吉日丁卯,周代祝社方,歳于社考,以延年夀。若無鬼神,彼豈有所延年夀哉?
書き下し
祖に賞するは何ぞや。分命の均しきを言うなり。社に僇するは何ぞや。獄を聴くの事を言うなり。故に古の聖王、必ず鬼神を以て賢に賞して暴を罰すと為す。是の故に賞は必ず祖に於てし、僇は必ず社に於てす。此れ吾が夏書の鬼を知る所以なり。故に尚書、夏書、其の次は商周の書、鬼神の有るを語り數うること、重ねて之を重ぬ。此れ其の故は何ぞや。則ち聖王、之を務むればなり。若の書の説を以て之を觀れば、則ち鬼神の有ること、豈に疑う可けんや。古に于て曰く、吉日丁卯、周、社方を代祝し、社考に嵗して、以て年夀を延ぶ、と。若し鬼神無くんば、彼れ豈に年夀を延ぶる所有らんや。
現代語訳
祖廟で賞するのはなぜか。分配と任命が公平であることを述べるためである。社で罰するのはなぜか。裁きを聞いた事実を述べるためである。だからむかしの聖王は必ず、鬼神が賢者を賞し暴悪を罰すると考えた。だから賞は必ず祖廟で行い、罰は必ず社で行った。これが、私が『夏書』の鬼神を知る理由である。だから『尚書』『夏書』、次いで商と周の書は、鬼神が有ることを語り数えて重ねて重ねている。それはなぜか。聖王がそれを務めとしたからである。この書の記述から見れば、鬼神が有ることをどうして疑えようか。古い言葉にいう。吉日の丁卯に、周は社の四方を祀り、社の祭りを年ごとに行って寿命を延ばした、と。もし鬼神が無いなら、どうして寿命を延ばすところがあろうか。
解説
この章句が説くこと
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『鬼谷子』符言篇德の術に曰く、堅くして之を拒む勿かれ、と。之を許せば則ち防ぎ守り、之を拒めば則ち閉じ塞がる。高山は之を仰げば極むべく、深淵は之を度れば測るべし。神明の徳術は正靜にして、其れ之を極むる莫し。右は徳を主どる。賞を用うるは信を貴び、刑を用うるは正を貴ぶ。賞賜は信を貴び、必ず耳目の見聞する所に驗す。其の見聞せざる所の者も、闇に化せざる莫し。誠は天下神明に暢び、而るを况んや姦者の君を干すをや。右は賞を主どる。
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『墨子』明鬼下故に昔者、殷王紂、貴きこと天子と為り、富は天下を有ち、勇力の人、費中・惡来・崇侯虎有りて、指寡して人を殺す。人民の衆きこと兆億、侯として厥の澤陵に盈つ。然れども此を以て鬼神の誅を圉ぐ能わず。此れ吾が謂う所の鬼神の罰は、富貴衆强・力勇强武・堅甲利兵と為す可からずとは、此れなり。且つ禽艾の之を道いて曰く、「璣を得ること小なる無く、宗を滅ぼすこと大なる無し」と。則ち此れ鬼神の賞する所は、小なる無く必ず之を賞し、鬼神の罰する所は、大なる無く必ず之を罰するを言うなり。
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貞観政要・公平貞観二年、太宗房玄齢等に謂いて曰く、「朕は比(このごろ)隋代の遺老を見るに、咸な高熲は善く相為る者と称す。遂に其の本伝を観るに、公平正直と謂うべし。尤も治体を識る。隋室の安危は、其の存没に系(かか)る。煬帝は無道にして、枉げて誅夷せらる。何ぞ嘗て此の人を想見し、書を廃して欽嘆せざらんや。又た漢・魏より以来、諸葛亮は丞相と為り、亦た甚だ平直なり。嘗て表して廖立・李厳を南中に廃す。立は亮の卒するを聞き、泣きて曰く、『吾は其れ左衽せんか』と。厳は亮の卒するを聞き、病を発して死す。故に陳寿は称す、『亮の政を為すや、誠心を開き、公道を布く。忠を尽くし時に益ある者は、讎と雖も必ず賞す。法を犯し怠慢なる者は、親と雖も必ず罰す』と。卿等豈に企慕して之に及ばざるべけんや。朕は今、前代の帝王の善き者を慕う毎に、卿等も亦た宰相の賢なる者を慕うべし。若し是くの如くんば、則ち栄名高位、以て長く守るべし」と。玄齢対えて曰く、「臣聞く、国を理むるの要道は、公平正直に在り、と。故に『尚書』に云う、『偏無く党無ければ、王道は蕩蕩たり。党無く偏無ければ、王道は平平たり』と。又た孔子は『直きを挙げて諸を枉れるに錯(お)けば、則ち民服す』と称す。今、聖慮の尚ぶ所は、誠に以て政教の源を極め、至公の要を尽くし、区宇を囊括し、化して天下を成すに足る」と。太宗曰く、「此れ直だ朕の懐う所なり。豈に卿等と之を言いて行わざる有らんや」と。
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貞観政要・択官国家、忠良を進め、不肖を退けんことを思欲すること、十有余載なり。徒らに其の語を聞くも、其の人を見ざるは、何ぞや。蓋し之を言うは是にして、之を行うは非なればなり。之を言うこと是なれば、則ち公道より出づ。之を行うこと非なれば、則ち邪径に渉る。是非相い乱れ、好悪相い攻む。愛する所は罪有りと雖も、刑に及ばず。悪む所は辜(つみ)無しと雖も、罰を免れず。此れ所謂る之を愛せば其の生を欲し、之を悪めば其の死を欲する者なり。或いは小悪を以て大善を棄て、或いは小過を以て大功を忘る。此れ所謂る「君の賞は功無くして求むべからず、君の罰は罪有りて免るべからず」と者なり。賞は以て善を勧めず、罰は以て悪を懲らさずして、邪正の惑わざるを望む。其れ得べけんや。若し賞は疎遠を遺(わす)れず、罰は親貴に阿らず、公平を以て規矩と為し、仁義を以て準縄と為し、事を考えて以て其の名を正し、名に循いて以て其の実を求めば、則ち邪正は隠るる莫く、善悪は自ら分かれん。然る後に其の実を取り、其の華を尚ばず、其の厚きに処り、其の薄きに居らずんば、則ち言わずして化し、期月にして知るべし。若し徒らに美錦を愛して、民の為に官を択ばず、至公の言有りて、至公の実無く、愛して其の悪を知らず、憎みて遂に其の善を忘れ、私情に徇(したが)いて以て邪佞に近づき、公道に背きて忠良を遠ざけば、則ち夙夜怠らず、神を労し思いを苦しむと雖も、将に至理を求めんとするも、得べからざるなり。
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『宋名臣言行録』後集巻五・唐介至和の後、仁宗朝に臨みて淵默たり。公言う、君臣は天地の如し。交泰を以て治と爲す。願わくは時に羣下を延訪し、德音を發して政事を可否し、以て天下を幸せしめよと。又た言う、賞罰は貴賤を以て輕重す可からず。孫沔・呂溱の侈縱の如きは宜しく深く責むべし。必ず行わば則ち衆信ぜんと。宮禁の恩澤を干丐し、其の命の中書に由らざるを論ず。此れ古の所謂斜封なり。盛朝の宜しく有るべき所に非ずと。後宮の冗數を裁放し、祈禳の經ならざる者を罷めんことを請う。又た言う、士節立たず。願わくは大臣に委ねて敦厚忠朴の士を進め、稍ミ聚斂文法の吏を抑えて以て刻薄浮競の風を消せと。
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論語・季氏篇陳亢、伯魚に問いて曰く、「子も亦た異聞有りや。」対えて曰く、「未だし。嘗て独り立てり。鯉趨りて庭を過ぐ。曰く、『詩を学びたるか。』対えて曰く、『未だし。』『詩を学ばずんば、以て言うこと無し。』鯉退きて詩を学ぶ。他日、又独り立てり。鯉趨りて庭を過ぐ。曰く、『礼を学びたるか。』対えて曰く、『未だし。』『礼を学ばずんば、以て立つこと無し。』鯉退きて礼を学ぶ。斯の二者を聞けり。」陳亢退きて喜びて曰く、「一を問いて三を得たり。詩を聞き、礼を聞き、又君子の其の子を遠ざくるを聞けり。」