墨子 / 明鬼下
非惟若書之説為然昔者鄭穆公當晝日中處乎廟,有神入門而左,鳥身,素服三絶,靣状正方。鄭穆公見之,乃恐懼,奔。神曰:「帝享女眀徳,使予錫女夀十年有九,使若國家蕃昌,子孫茂,毋失。」鄭穆公再拜稽首,曰:「敢問神曰:「予為句芒。」若以鄭穆公之所身見為儀,則鬼神之有,豈可疑哉?
新字:非惟若書之説為然昔者鄭穆公当昼日中処乎廟,有神入門而左,鳥身,素服三絶,靣状正方。鄭穆公見之,乃恐懼,奔。神曰:「帝享女明徳,使予錫女夀十年有九,使若国家蕃昌,子孫茂,毋失。」鄭穆公再拝稽首,曰:「敢問神曰:「予為句芒。」若以鄭穆公之所身見為儀,則鬼神之有,豈可疑哉?
書き下し
惟だ若の書の説のみ然りと為すに非ず。昔者、鄭の穆公、晝の日中に當たりて廟に處る。神有り、門に入りて左し、鳥身、素服三絶、靣の状、正方なり。鄭の穆公、之を見て、乃ち恐懼して奔る。神曰く、「帝、女の眀徳を享け、予をして女に夀十年有九を錫わしめ、若の國家をして蕃昌し、子孫、茂らしめん。失う毋かれ」と。鄭の穆公、再拜稽首して曰く、「敢えて神に問う」。曰く、「予れは句芒為り」と。若し鄭の穆公の身ら見る所を以て儀と為さば、則ち鬼神の有ること、豈に疑う可けんや。
現代語訳
この書の記述だけがそうなのではない。むかし鄭の穆公が真昼に廟にいた。神が門から入って左へ進んだ。鳥の体で、白い衣を三段に垂らし、顔かたちは四角だった。鄭の穆公はこれを見て恐れおののき、走り出した。神は言った。「帝はお前の明らかな徳を受け入れ、私にお前へ十九年の寿命を与えさせた。お前の国家を栄えさせ、子孫を茂らせよう。それを失うな」。鄭の穆公は二度拝んで頭を地につけ、「あえて神に伺います」と言った。神は「私は句芒である」と答えた。もし鄭の穆公が自ら見たものを基準とするなら、鬼神が有ることをどうして疑えようか。
解説
前章が多数目撃の例だったのに対し、これは君主一人の体験です。証拠としては弱いはずですが、地位のある人物の自己証言として並べられます。墨子はこのあと三つの多数目撃例を続け、証拠の種類を混ぜていく。証拠の強さを揃えないまま列挙する点は弱点ですが、逆にいえば、どの種類の証拠をどう扱うかという問題を意識していた形跡でもあります。
この章句が説くこと
証言種類強さ体験判定
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『墨子』明鬼下惟だ若の書の説のみ然りと為すに非ざるなり。昔者、齊の荘君の時、謂う所の王里國・中里徼なる者有り。此の二子は、訟うること三年にして獄、㫁ぜず。齊君、若し兼ねて之を殺さば、不辜を恐る。若し兼ねて之を釋さば、有罪を釋すを恐る。乃ち之の人をして一羊を共にし、齊の神社に盟わしむ。二子、許諾す。是に於て洫を泏り、羊して其の血を漉ぐ。王里國の辭を讀むこと既已に終わり、中里徼の辭を讀むこと未だ半ばならざるに、羊、起ちて之を觸き、其の脚を折り、神を祧りて之を槀ち、之を盟所に殪す。是の時に當たりて、齊人の従う者、見ざる莫く、逺き者、聞かざる莫し。齊の春秋に著し在り。諸侯、傳えて之を語りて曰く、「請に品て先ず其の請ならざる者を以てすれば、鬼神の誅、至ること此くの若く其れ憯く遬やかなり」と。若の書の説を以て之を觀れば、鬼神の有ること、豈に疑う可けんや。是の故に子墨子言いて曰く、深き溪、博き林、幽き澗、人無きの所有りと雖も、施行、以て董まざる可からず。有るを見よ、鬼神、之を視る。
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『墨子』明鬼下惟だ若の書の説のみ然りと為すに非ざるなり。昔者、燕の簡公、其の臣荘子儀を殺して辜あらず。荘子儀曰く、「吾が君王、我を殺して辜あらず。死人に知る無くんば亦た已まん。死人に知る有らば、三年を出でずして、必ず吾が君をして之を知らしめん」と。期年、燕、将に祖に馳せんとす。燕に祖有るは、齊の社稷有り、宋の桑林有り、楚の雲夢有るに當たるなり。此れ男女の屬まりて觀る所なり。日中、燕の簡公、方に将に祖の塗に馳せんとす。荘子儀、朱の杖を荷いて之を擊ち、之を車上に殪す。是の時に當たりて、燕人の従う者、見ざる莫く、逺き者、聞かざる莫し。燕の春秋に著し在り。諸侯、傳えて之を言いて曰く、「凡そ不辜を殺す者は、其れ不祥を得ん。鬼神の誅、此くの若く其れ遬やかなり」と。若の書の説を以て之を觀れば、則ち鬼神の有ること、豈に疑う可けんや。
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『墨子』明鬼下今、無鬼を執る者曰く、「鬼神なる者は、固より有ること無し」と。旦暮に以て天下に教誨を為し、天下の衆を之れ疑わしめ、天下の衆をして皆な鬼神の有無の别に疑惑せしむ。是を以て天下亂る。是の故に子墨子曰く、今、天下の王公大人・士君子、實に将に天下の利を興し、天下の害を除かんことを求め欲せば、故に當に鬼神の有ると無きとの别、以て将に此を眀察せざる可からざる者と為すべきなり。既に鬼神の有無の别を以て察せざる可からずと為し已わる。然らば則ち吾れ此を眀察するを為すに、其の説、将に奈何にして可ならんとするや。子墨子曰く、是れ天下の以て有ると無きとを察知する所の道なる者と、必ず衆の耳目の實を以て有無を知るを儀と為す者なり。請に之を聞き之を見るに惑わば、則ち必ず以て無しと為さん。是くの若くんば何ぞ嘗みに一鄉一里に入りて之を問わざる。古より以て今に及ぶまで、生民より以來の者、亦た嘗て鬼神の物を見、鬼神の聲を聞くこと有らば、則ち鬼神、無しと謂う可けんや。若し聞く莫く見る莫くんば、則ち鬼神、有りと謂う可けんや。
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『墨子』明鬼下惟だ若の書の説のみ然りと為すに非ざるなり。昔者、宋の文君鮑の時、臣有りて観辜と曰う。固より嘗て厲に従事す。株子、杖き揖して出で、與に言いて曰く、「観辜、是れ何ぞ陸璧の度量に滿たず、酒醴粢盛の浄潔ならず、犧牲の牷肥ならず、春夏秋冬、選ぶこと時を失えるや。豈に女れ之を為せるか。意うに鮑、之を為せるか」と。観辜曰く、「鮑は幼弱にして、荷襁の中に在り。鮑、何ぞ識ることに與らんや。官臣たる観辜、特に之を為せり」と。株子、揖を舉げて之を槀ち、之を壇上に殪す。是の時に當たりて、宋人の従う者、見ざる莫く、逺き者、聞かざる莫し。宋の春秋に著し在り。諸侯、傳えて之を語りて曰く、「諸そ祭祀を敬慎せざる者は、鬼神の誅、至ること此くの若く其れ憯く遬やかなり」と。若の書の説を以て之を觀れば、鬼神の有ること、豈に疑う可けんや。
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『墨子』明鬼下今、無鬼を執る者曰く、夫れ衆人の耳目の請、豈に以て疑を斷ずるに足らんや。奈何ぞ其れ天下に髙き君子と為らんと欲して、復た衆の耳目の請を信ずること有らんや、と。子曰く、若し衆の耳目の請を以て、以て信ずるに足らずと為し、以て疑を斷ぜずんば、識らず、昔者の三代の聖王、堯舜禹湯文武の若き者は、以て法と為すに足るか。故に此に於て中人以上より皆な曰く、「昔者の三代の聖王の若きは、以て法と為すに足れり」と。若し茍くも昔者の三代の聖王、以て法と為すに足らば、然らば則ち姑く嘗みに上、聖王の事を觀ん。昔者、武王の殷を攻め紂を誅するや、諸侯をして其の祭を分かたしめて曰く、「親しき者をして内祀を受けしめ、疏き者をして外祀を受けしめよ」と。故に武王は必ず鬼神を以て有りと為す。是の故に殷を攻め紂を誅するに、諸侯をして其の祭を分かたしむ。若し鬼神、有ること無くんば、則ち武王、何ぞ祭を分かたんや。惟だ武王の事のみ然りと為すに非ざるなり。故に聖王、其の賞するや必ず祖に於てし、其の僇するや必ず社に於てす。祖に賞するは何ぞや。分の均しきを告ぐるなり。社に僇するは何ぞや。聴の中るを告ぐるなり。