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墨子 / 明鬼下

今執無鬼者言曰:夫天下之為聞見鬼神之物者,不可勝計也。亦孰為聞見鬼神有無之物哉?子墨子曰:若以衆之所同見,與衆之所同聞,則若昔者杜伯是也。周宣王殺其臣杜伯而不辜,杜伯曰:「吾君殺我而不辜,若以死者為無知,則止矣;若死而有知,不出三年,必使吾君知之。」其三年,周宣王合諸侯而田於圃田,車數百乗,從數千,人滿野。日中,杜伯乗白馬素車,朱衣冠,執朱弓,挾朱矢,追周宣王,射入車上,中心折脊,殪車中,伏弢而死。當是之時,周人従者莫不見,逺者莫不聞,著在周之《春秋》。為君者以教其臣,為父者以警其子,曰:「戒之慎之,凡殺不辜者,其得不祥,鬼神之謀若此之遫以若書之説觀之,則鬼神之有,豈可疑哉?

新字:今執無鬼者言曰:夫天下之為聞見鬼神之物者,不可勝計也。亦孰為聞見鬼神有無之物哉?子墨子曰:若以衆之所同見,与衆之所同聞,則若昔者杜伯是也。周宣王殺其臣杜伯而不辜,杜伯曰:「吾君殺我而不辜,若以死者為無知,則止矣;若死而有知,不出三年,必使吾君知之。」其三年,周宣王合諸侯而田於圃田,車数百乗,従数千,人満野。日中,杜伯乗白馬素車,朱衣冠,執朱弓,挟朱矢,追周宣王,射入車上,中心折脊,殪車中,伏弢而死。当是之時,周人従者莫不見,遠者莫不聞,著在周之《春秋》。為君者以教其臣,為父者以警其子,曰:「戒之慎之,凡殺不辜者,其得不祥,鬼神之謀若此之遫以若書之説観之,則鬼神之有,豈可疑哉?

書き下し

今、無鬼を執る者、言いて曰く、夫れ天下の鬼神の物を聞き見ると為す者は、勝げて計う可からざるなり。亦た孰れをか鬼神の有無の物を聞き見ると為さんや、と。子墨子曰く、若し衆の同じく見る所と、衆の同じく聞く所とを以てせば、則ち昔者の杜伯の若き、是れなり。周の宣王、其の臣杜伯を殺して辜あらず。杜伯曰く、「吾が君、我を殺して辜あらず。若し死者を以て知る無しと為さば、則ち止まん。若し死して知る有らば、三年を出でずして、必ず吾が君をして之を知らしめん」と。其の三年、周の宣王、諸侯を合わせて圃田に田す。車數百乗、從う者數千、人、野に滿つ。日中、杜伯、白馬素車に乗り、朱の衣冠、朱の弓を執り、朱の矢を挾みて、周の宣王を追い、射て車上に入り、心に中りて脊を折り、車中に殪れ、弢に伏して死す。是の時に當たりて、周人の従う者、見ざる莫く、逺き者、聞かざる莫し。周の春秋に著し在り。君と為る者は以て其の臣に教え、父と為る者は以て其の子を警めて曰く、「之を戒め之を慎め。凡そ不辜を殺す者は、其れ不祥を得ん。鬼神の謀、此くの若く之れ遫やかなり」と。若の書の説を以て之を觀れば、則ち鬼神の有ること、豈に疑う可けんや。

現代語訳

いま鬼神は無いと主張する者はこう言う。「そもそも天下で鬼神の姿を見聞きしたという者は数え切れない。ではどれをもって鬼神の有無を見聞きしたとするのか」。墨子が言った。多くの人が同じく見、多くの人が同じく聞いたものによるなら、むかしの杜伯の話がそれである。周の宣王が臣下の杜伯を罪も無いのに殺した。杜伯は言った。「わが君は罪の無い私を殺す。もし死者に知覚が無いならそれまでだ。もし死んで知覚があるなら、三年のうちに必ずわが君に思い知らせよう」。その三年目、周の宣王は諸侯を集めて圃田で狩りをした。車は数百台、従う者は数千、人が野に満ちた。真昼、杜伯が白馬の白い車に乗り、朱の衣と冠、朱の弓を執り、朱の矢をつがえて宣王を追い、射て車上に届き、心臓を貫いて背骨を折り、宣王は車中に倒れ、弓袋に伏して死んだ。このとき周の従者で見ない者はなく、遠くの者で聞かない者はなかった。周の『春秋』に記されている。君である者はこれで臣に教え、父である者はこれで子を戒めて言う。「気をつけよ、慎め。罪の無い者を殺す者は不祥を得る。鬼神の報いはこれほど速い」。この書の記述から見れば、鬼神が有ることをどうして疑えようか。

解説

証拠の条件が明示されます——「衆之所同見、與衆之所同聞」、多くの人が同じく見て同じく聞いたもの。個人の体験談ではなく、公開の場で多数が目撃し、公式の記録に残っているものだけを採る。数千人がいる狩り場、そして『春秋』への記載。証拠として何を採るかの基準を先に立てているところが、この篇を単なる怪異譚から分けています。

この章句が説くこと

証拠多数目撃記録条件判定

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