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墨子 / 天志下

故子墨子置立天志以為儀法,若輪人之有規,匠人之有矩也。今輪人以規,匠人以矩,以此方圜之别矣。是故子墨子置立天志以為儀法,吾以此知天下之士君子之去義之逺也。何以知天下之士君子之去義逺也?今之為大國之君寛然者曰:「吾處大國,而不攻小國,吾何以為大哉!」是以差論爪牙之士,比列其舟車之卒,以攻伐無罪之國。入其溝境,刈其禾稼,斬其樹木,殘其城郭以汙其溝池,焚燒其祖廟,攘殺其犧牷。民之格者則勁拔之,不格者則繫操而歸。大夫以為僕圉胥靡,婦人以為舂酋。

新字:故子墨子置立天志以為儀法,若輪人之有規,匠人之有矩也。今輪人以規,匠人以矩,以此方圜之別矣。是故子墨子置立天志以為儀法,吾以此知天下之士君子之去義之遠也。何以知天下之士君子之去義遠也?今之為大国之君寛然者曰:「吾処大国,而不攻小国,吾何以為大哉!」是以差論爪牙之士,比列其舟車之卒,以攻伐無罪之国。入其溝境,刈其禾稼,斬其樹木,残其城郭以汙其溝池,焚焼其祖廟,攘殺其犠牷。民之格者則勁抜之,不格者則繋操而帰。大夫以為僕圉胥靡,婦人以為舂酋。

書き下し

故に子墨子は天志を置立して以て儀法と為す。輪人の規有り、匠人の矩有るが若きなり。今、輪人は規を以てし、匠人は矩を以てす。此を以て方圜の别あり。是の故に子墨子は天志を置立して以て儀法と為す。吾れ此を以て天下の士君子の義を去ること逺きを知るなり。何を以て天下の士君子の義を去ること逺きを知るや。今の大國の君と為る寛然たる者は曰く、「吾れ大國に處りて、小國を攻めずんば、吾れ何を以て大と為さんや」と。是を以て爪牙の士を差論し、其の舟車の卒を比列して、以て罪無きの國を攻伐す。其の溝境に入り、其の禾稼を刈り、其の樹木を斬り、其の城郭を殘して以て其の溝池を汙し、其の祖廟を焚燒し、其の犧牷を攘殺す。民の格る者は則ち勁いて之を拔き、格らざる者は則ち繫ぎ操りて歸る。大夫は以て僕圉胥靡と為し、婦人は以て舂酋と為す。

現代語訳

だから墨子は天の志を据えて基準とした。車輪職人にコンパスがあり、大工にさしがねがあるようなものである。いま職人はコンパスを使い、大工はさしがねを使う。それで四角と円の区別がつく。だから墨子は天の志を据えて基準とした。私はこれによって、天下の士君子が義から遠いことを知る。なぜ遠いと分かるのか。いま大国の君となって余裕のある者はこう言う。「私は大国にいて小国を攻めないなら、何をもって大国とするのか」。そこで爪牙の士を選び分け、舟と車の兵を並べて、罪の無い国を攻め伐つ。その国境に入り、稲や麦を刈り、樹木を伐り、城壁を壊して堀を汚し、祖先の廟を焼き、いけにえを奪い殺す。抵抗する民は力ずくで打ち倒し、抵抗しない民は縛って連れ帰る。男は下僕や馬丁や労役に、女は米つきや酒造りに使う。

解説

「吾處大國、而不攻小國、吾何以為大哉」——大国にいて小国を攻めないなら、何のための大国か。この一句が、規模を持つ者の典型的な思考として引かれます。持っている力は使わなければ意味がない、という発想です。墨子はそれに対し、力の意味を「使うこと」ではなく「使わずにいられること」に置き換えようとしています。

この章句が説くこと

規模力の使い道自制大国発想の転換

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