墨子 / 天志下
且天之愛百姓也,不盡物而止矣。今天下之國,粒食之民,國殺一不辜,不祥。曰:「誰殺不辜?」曰:「人也。」「孰予之不祥?」曰:「天也。」若天之中實不愛此民也,何故而人有殺不辜而天予之不祥哉?且天之愛百姓厚矣,天之愛百姓别矣,既可得而知也。何以知天之愛百姓也?吾以賢者之必賞善罰暴也。何以知賢者之必賞善罰暴也?吾以昔者三代之聖王知之。
新字:且天之愛百姓也,不尽物而止矣。今天下之国,粒食之民,国殺一不辜,不祥。曰:「誰殺不辜?」曰:「人也。」「孰予之不祥?」曰:「天也。」若天之中実不愛此民也,何故而人有殺不辜而天予之不祥哉?且天之愛百姓厚矣,天之愛百姓別矣,既可得而知也。何以知天之愛百姓也?吾以賢者之必賞善罰暴也。何以知賢者之必賞善罰暴也?吾以昔者三代之聖王知之。
書き下し
且つ天の百姓を愛するや、物を盡くして止まらざるなり。今、天下の國、粒食の民、國に一の不辜を殺せば、不祥なり。曰く、「誰か不辜を殺すや」。曰く、「人なり」。「孰か之に不祥を予うるや」。曰く、「天なり」。若し天の中實に此の民を愛せずんば、何の故にして人に不辜を殺すこと有りて天、之に不祥を予えんや。且つ天の百姓を愛するや厚し。天の百姓を愛するや别なり。既に得て知る可きなり。何を以て天の百姓を愛するを知るや。吾れ賢者の必ず善に賞し暴に罰するを以てなり。何を以て賢者の必ず善に賞し暴に罰するを知るや。吾れ昔者の三代の聖王を以て之を知る。
現代語訳
そのうえ天が百姓を愛するのは、あらゆるものを尽くしてなおやまない。いま天下の国で、穀物を食べる民のあいだで、国が罪の無い一人を殺せば不祥である。「誰が罪の無い者を殺すのか」。「人である」。「誰がそれに不祥を与えるのか」。「天である」。もし天が心底この民を愛していないなら、なぜ人が罪の無い者を殺したときに天が不祥を与えるのか。天が百姓を愛するのは厚い。天が百姓を愛するのはきわだっている。それはもう分かることである。ではなぜ天が百姓を愛すると分かるのか。私は、賢者が必ず善を賞し暴を罰することから判断する。ではなぜ賢者が必ず善を賞し暴を罰すると分かるのか。私はむかしの三代の聖王からそれを知る。
解説
この章句が説くこと
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呂氏春秋・義賞①春氣至れば則ち草木産し、秋氣至れば則ち草木落つ。産と落とは之を使しむるもの或り。自ら然るに非ざるなり。故に之を使しむる者至れば、物為さざる無く、之を使しむる者至らざれば、物為す可き無し。古の人、其の使しむる所以を審らかにす、故に物、用を為さざる莫し。賞罰の柄、此れ上の使しむる所以なり。其の以て加うる所の者義なれば、則ち忠信親愛の道彰わる。久しく彰われて愈々長ずれば、民の之に安んずること性の若し。此を之れ教成ると謂う。教成れば則ち厚賞嚴威有りと雖も禁ずること能わず。故に善く教うる者は、義以て賞罰して教成り、教成りて賞罰禁ずること能わず。賞罰を用いて當らざるも亦た然り。姦偽賊亂貪戻の道興り、久しく興りて息まざれば、民の之を讎うること性の若し。戎夷胡貉巴越の民は、是を以て厚賞嚴罰有りと雖も、禁ずること能わず。郢人の兩版を以て垣するや、吳起之を變じて惡まる。賞罰易れば民安くんぞ樂しまん。氐羌の民、其れ虜となるや、其の係纍を憂えずして、其の死するに焚かれざるを憂うるは、皆、邪に成り、且つ成りて民を賊う。故に賞罰の加うる所は、慎まざる可からず。
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『韓非子』難一第三十六今赫は僅かに驕侮せざるのみにして、襄子之を賞するは、是れ賞を失うなり。明主は賞を無功に加えず、罰を無罪に加えず。
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孫子・行軍篇數々賞する者は、窘するなり。數々罰する者は、困しむなり。先に暴にして後に其の衆を畏るる者は、不精の至りなり。来たりて委謝する者は、休息を欲するなり。
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『韓非子』外儲説右下第三十五賞罰共にすれば則ち禁令行われず。何を以て之を明らかにせん。之を明らかにするに造父・於期を以てす。
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『韓非子』二柄第七明主の其の民を導制する所の者は、二柄のみ。二柄とは、刑・徳なり。
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呂氏春秋・當賞①民は道無くして天を知る。民は四時寒暑日月星辰の行を以て天を知る。四時寒暑日月星辰の行當たれば、則ち諸生の血氣有るの類、皆為に其の處を得て其の產に安んず。人臣も亦た道無くして主を知る。人臣は賞罰爵祿の加わる所を以て主を知る。主の賞罰爵祿の加わる所の者宜しければ、則ち親疏遠近賢不肖、皆其の力を盡くして、以て用を為す。