墨子 / 天志中
且夫天下盖有不仁不祥者,曰當若子之不事父,弟之不事兄,臣之不事君也。故天下之君子,舉謂之不祥者。今夫天兼天下而愛之,撽遂萬物以利之,若豪之末,非天之所為也,而民得而利之,則可謂否矣。然獨無報夫天,而不知其為不仁不祥也。此吾所謂君子明細而不明大也。
新字:且夫天下盖有不仁不祥者,曰当若子之不事父,弟之不事兄,臣之不事君也。故天下之君子,舉謂之不祥者。今夫天兼天下而愛之,撽遂万物以利之,若豪之末,非天之所為也,而民得而利之,則可謂否矣。然独無報夫天,而不知其為不仁不祥也。此吾所謂君子明細而不明大也。
書き下し
且つ夫れ天下、盖し不仁不祥なる者有り。曰く、當に子の父に事えず、弟の兄に事えず、臣の君に事えざるが若きなり。故に天下の君子、舉げて之を不祥と謂う者なり。今、夫れ天は天下を兼ねて之を愛し、萬物を撽遂して以て之を利す。豪の末の若きも、天の為す所に非ざるは無くして、民、得て之を利すれば、則ち否と謂う可し。然れども獨り夫の天に報ゆること無くして、其の不仁不祥為るを知らず。此れ吾が謂う所の君子は細に明らかにして大に明らかならず、なり。
現代語訳
そもそも天下には不仁で不祥なものがある。子が父に仕えず、弟が兄に仕えず、臣が君に仕えないことである。だから天下の君子はみなこれを不祥と呼ぶ。いま天は天下を兼ねて愛し、万物を育てて利している。毛先ほどのものでも天のなしたものでないものは無く、民はそれを得て利益にしている。それでいて天に報いることをせず、それが不仁で不祥だとも気づかない。これが私のいう、君子は細かいことには明るく大きなことには明るくない、ということである。
解説
受け取っているのに返さない、という状態を「不仁不祥」と名づけます。子・弟・臣が仕えないことを不祥と呼ぶ社会に対し、では天に対してはどうか、と問い返す。日常の道徳感覚を、規模の大きい対象に延長して適用させる論法です。取引先や社会から受け取っているものに対して、返せているかを問う場面にそのまま重なります。
この章句が説くこと
返報受け取る不仁規模道徳感覚
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『墨子』天志下子墨子言いて曰く、天下の亂るる所以の者は、其の説、將に何ぞや。則ち是れ天下の士君子、皆な小に明らかにして大に明らかならざるなり。何を以て其の小に明らかにして大に明らかならざるを知るや。其の天の意に明らかならざるを以てなり。何を以て其の天の意に明らかならざるを知るや。人の家に處る者を以て之を知る。今、人、若の家に處りて罪を得れば、將に猶お異家の以て之を避け逃るる所有らんとす。然も且つ父は以て子を戒め、兄は以て弟を戒めて曰く、「之を戒め之を慎め。人の家に處りて之を戒め之を慎まずして、人の國に處る者有らんや」と。今、人、若の國に處りて罪を得れば、將に猶お異國の以て之を避け逃るる所有らんとす。然も且つ父は以て子を戒め、兄は以て弟を戒めて曰く、「之を戒め、之を慎め。人の國に處る者は、戒め慎まざる可からざるなり」と。今、人、皆な天下に處りて天に事う。天に罪を得れば、將に以て之を避け逃るる所無からんとす。然り而して相い極戒するを以てするを知る莫し。吾れ此を以て大物には則ち知らざる者なるを知るなり。是の故に子墨子言いて曰く、之を戒め之を慎み、必ず天の欲する所を為して、天の惡む所を去れ。
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『墨子』天志上國に處りて國君に罪を得れば、猶お鄰國の之を避け逃るる所有り。然も且つ親戚兄弟、知識する所、共に相い儆戒して、皆な曰く、「戒めざる可からず、慎まざる可からず。誰か亦た國に處りて國君に罪を得て為す可き有らんや」と。此れ之を避け逃るる所有る者なり。相い儆戒すること猶お此くの若く其れ厚し。况んや之を避け逃るる所無き者は、相い儆戒すること豈に愈いよ厚くして然る後に可ならざらんや。且つ語言に之れ有りて曰く、「焉くにか而ち晏らかならん、曰く焉くにか而ち罪を得ん、將に惡くにか之を避け逃れんとする」と。曰く、之を避け逃るる所無し。夫れ天は林谷幽門にして人無しと為す可からず、明らかに必ず之を見る。然り而して天下の君子、天や、忽然として以て相い儆戒するを知らず。此れ我が天下の士君子の小を知りて大を知らざるを知る所以なり。
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『墨子』天志中是の故に子墨子曰く、「今、天下の君子、中實に將に道に遵い民を利せんと欲し、本より仁義の本を察せば、天の意、慎まざる可からざるなり」と。既に天の意を以て慎まざる可からずと為し已わる。然らば則ち天は將に何を欲し何を憎まんとするや。子墨子曰く、「天の意は、大國の小國を攻むるを欲せざるなり、大家の小家を亂すを欲せざるなり、强の寡を暴い、詐の愚を謀り、貴の賤に傲るを欲せざるなり。此れ天の欲せざる所なり。