墨子 / 非攻下
昔者有三苗大亂,天命殛之,日妖宵出,雨血三朝,龍生廟,大哭乎市,夏冰,地坼及泉,五榖變化,民乃大振。高陽乃命𤣥宫,禹親把天之瑞令,以征有苗。四雷誘祗,有神人面鳥身,若瑾以侍,搤矢有苗之祥。苗師大亂,后乃遂㡬。禹既已克有三苗,焉磨為山川,别物上下,卿制大極,而神民不違,天下乃静,則此禹之所以征有苗也。
新字:昔者有三苗大乱,天命殛之,日妖宵出,雨血三朝,竜生廟,大哭乎市,夏冰,地坼及泉,五榖変化,民乃大振。高陽乃命𤣥宫,禹親把天之瑞令,以征有苗。四雷誘祗,有神人面鳥身,若瑾以侍,搤矢有苗之祥。苗師大乱,后乃遂㡬。禹既已克有三苗,焉磨為山川,別物上下,卿制大極,而神民不違,天下乃静,則此禹之所以征有苗也。
書き下し
昔者、三苗の大いに亂るる有り、天、命じて之を殛す。日、妖しく宵に出で、血を雨らすこと三朝、龍、廟に生じ、大いに市に哭し、夏に冰り、地、坼けて泉に及び、五榖、變化し、民、乃ち大いに振る。高陽、乃ち𤣥宫に命じ、禹、親ら天の瑞令を把りて、以て有苗を征す。四雷、祗を誘い、神の人面鳥身なる有り、瑾を若りて以て侍し、有苗の祥を搤矢す。苗の師、大いに亂れ、后、乃ち遂に㡬まる。禹、既已に三苗に克ちて、焉ち磨いて山川を為り、物の上下を别ち、大極を卿制して、神民、違わず、天下、乃ち静かなり。則ち此れ禹の有苗を征せし所以なり。
現代語訳
むかし三苗が大いに乱れ、天が命じてこれを罰した。日が怪しく夜に出て、血の雨が三日続き、龍が廟に現れ、大きな泣き声が市に響き、夏に氷が張り、地が裂けて泉に達し、五穀が変質し、民は大いに震え上がった。高陽は玄宮に命を下し、禹は自ら天のしるしを手にして有苗を征した。四方の雷が神々を導き、人の顔で鳥の体をした神が現れ、玉を手にして付き従い、有苗の運を断った。苗の軍は大いに乱れ、その君はついに窮まった。禹は三苗に勝ったのち、山川を整え、事物の上下を分け、大いなる基準を定め、神も民も背かず、天下は静まった。これが禹が有苗を征した理由である。
解説
誅の実例その一です。異変の記述が長く続くのは、天が先に意思を示したという順序を立てるためです。人が判断して攻めたのではなく、天の異変があり、命が下り、それから動いた。誅と攻を分ける根拠を、手続きの順序に置いていることが分かります。勝ったあとに山川を整え基準を定めた、という後始末の記述も、征伐の目的が支配ではなく秩序の回復にあったことを示す形になっています。
この章句が説くこと
誅手続き順序天命後始末
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