墨子 / 非攻下
子墨子言曰:今天下之所譽善者,其説將何為其上中天之利,而中中鬼之利,而下中人之利,故譽之譽意無非為上中天之利,而中中鬼之利,而下中人之利,故譽之與?雖使下之愚人,必曰:「將為其上中天之利,而中中鬼之利,而下中人之利,故譽也今天下之所同義者,聖王之法也。今天下之諸侯將猶多皆勉攻伐并兼,則是有譽義之名,而不察其實也。此譬猶盲者之與人同命白黒之名,而不能分其物也,則豈謂有别哉?
新字:子墨子言曰:今天下之所誉善者,其説将何為其上中天之利,而中中鬼之利,而下中人之利,故誉之誉意無非為上中天之利,而中中鬼之利,而下中人之利,故誉之与?雖使下之愚人,必曰:「将為其上中天之利,而中中鬼之利,而下中人之利,故誉也今天下之所同義者,聖王之法也。今天下之諸侯将猶多皆勉攻伐并兼,則是有誉義之名,而不察其実也。此譬猶盲者之与人同命白黒之名,而不能分其物也,則豈謂有別哉?
書き下し
子墨子言いて曰く、今、天下の善しと譽むる所の者は、其の説、將に何為れぞ其れ上は天の利に中り、中は鬼の利に中り、下は人の利に中る、故に之を譽むるか。譽むる意、上は天の利に中り、中は鬼の利に中り、下は人の利に中るを為さざるは無く、故に之を譽むるか。下の愚人をして必ず曰わしむと雖も、「將に其れ上は天の利に中り、中は鬼の利に中り、下は人の利に中るを為さんとす、故に譽むるなり」と。今、天下の義を同じくする所の者は、聖王の法なり。今、天下の諸侯、將に猶お多く皆な攻伐并兼に勉むれば、則ち是れ義を譽むるの名有りて、其の實を察せざるなり。此れ譬うるに猶お盲者の人と白黒の名を命ずるを同じくして、其の物を分かつ能わざるがごとし。則ち豈に别有りと謂わんや。
現代語訳
墨子が言った。いま天下で善いと褒められているものは、その説くところが、上は天の利に適い、中は鬼神の利に適い、下は人の利に適うから褒められるのだろうか。褒める意図が、上は天の利に、中は鬼神の利に、下は人の利に適うことを目指さないものは無く、だから褒めるのだろうか。下々の愚かな人に言わせても、必ず「上は天の利に、中は鬼神の利に、下は人の利に適おうとするから褒めるのだ」と言うだろう。いま天下が共通の義とするものは、聖王の法である。ところが今、天下の諸侯の多くが攻め伐ち併呑することに励んでいるなら、義を褒めるという名目があるだけで、その実質を見きわめていないのだ。これはたとえば、目の見えない人が他人と同じように白と黒という名前を唱えながら、実物を区別できないようなものだ。それで区別があるといえるだろうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。故に曰く、天に法るに若くは莫し、と。天の行いは廣くして私無く、其の施しは厚くして徳とせず、其の明るきは久しくして衰えず。故に聖王は之に法る。既に天を以て法と為さば、動作有為には、必ず天に度り、天の欲する所は則ち之を為し、天の欲せざる所は則ち止む。
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『墨子』尚賢下子墨子言いて曰く、「天下の王公大人は皆な其の國家の富み、人民の衆く、刑法の治まるを欲す。然れども尚賢を以て政を為して其の國家百姓を治むるを識らず。王公大人、本より尚賢の政を為すの本を失えるなり。若し茍くも王公大人、本より尚賢の政を為すの本を失わば、則ち物を舉げて之に示す毋くんばある能わざらんや。今、若し一諸侯、此に有りて、國家に政を為すや、曰く、『凡そ我が國の能く射御する士は、我れ將に之を賞し貴くせんとす。射御する能わざる士は、我れ將に之を罪し賤しくせんとす』と。若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず能く射御する士は喜び、射御する能わざる士は懼れんと為す。我れ賞して因りて之を誘わん、曰く、『凡そ我が國の忠信の士は、我れ將に之を賞し貴くせんとす。忠信ならざる士は、我れ將に之を罪し賤しくせんとす』と。」
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『墨子』法儀子墨子曰く、天下の事を從むる者は、以て法儀無かる可からず。法儀無くして其の事能く成る者は、有ること無し。士の將相為る者に至ると雖も皆な法有り、百工の事を從むる者に至ると雖も亦た皆な法有り。百工は方を為すに矩を以てし、圜を為すに規を以てし、直きは繩を以てし、正しきは懸を以てす。巧工も不巧工も無く、皆な此の四者を以て法と為す。巧なる者は能く之に中り、不巧なる者は中つる能わずと雖も、放依して以て事を從めば、猶お已に逾えたり。故に百工の事を從むるや、皆な法度有り。今、大なる者は天下を治め、其の次は大國を治むるに、而も法度無し。此れ百工の辯なるに若かざるなり。
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。當に皆な其の父母に法らば奚若ん。天下の父母為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の父母に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の學に法らば奚若ん。天下の學を為す者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の學に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の君に法らば奚若ん。天下の君為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の君に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。故に父母・學・君の三者は、以て治法と為す可き莫し。
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『墨子』尚賢上是の故に古者、聖王の政を為すや言いて曰く、「義ならざれば富まさず、義ならざれば貴くせず、義ならざれば親しまず、義ならざれば近づけず」と。是を以て國の富貴の人、之を聞きて、皆な退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は富貴なり。今、上、義を舉ぐるに貧賤を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。親しき者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は親なり。今、上、義を舉ぐるに親疎を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。近き者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我が恃む所の者は近なり。今、上、義を舉ぐるに近を辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。逺き者、之を聞き、亦た退きて謀りて曰く、「始め我れ逺きを以て恃む無しと為す。今、上、義を舉ぐるに逺きを辟けず。然らば則ち我れ義を為さざる可からず」と。逺鄙郊外の臣、門庭の庶子、國中の衆、四鄙の氓人に逮び至るまで、之を聞きて皆な競いて義を為す。
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『墨子』尚同上子墨子言いて曰く、古者、民、始めて生じて未だ刑政有らざる時、盖し其の語、人ごとに義を異にす。是を以て一人なれば則ち一義、二人なれば則ち二義、十人なれば則ち十義。其の人、滋いよ衆ければ、其の義と謂う所の者も亦た滋いよ衆し。是を以て人は其の義を是として、以て人の義を非とす。故に交ごも相い非とし是とするなり。内なる者は父子兄弟、怨惡を作し、離散して相い和合する能わず。天下の百姓、皆な水火毒藥を以て相い虧害し、餘力有るに至るも以て相い勞う能わず。餘財を府列するも以て相い分かたず、良道を隠匿するも以て相い教えず。天下の亂るること、禽獸の若く然り。