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墨子 / 非攻中

國家發政,奪民之用,廢民之利,若此甚衆,然而何為為之?曰:「我貪伐勝之名,及得之利,故為之。」子墨子言曰:「訃其所自勝,無所可用也。計其所得,反不如所喪者之多。今攻三里之城,七里之郭,攻此不用鋭,且無殺而徒得此然也。殺人多必數於萬,寡必數於千,然後三里之城、七里之郭,且可得也。今萬乗之國,虚數于千,不勝而人廣衍數於萬,不勝而辟。然則土地者,所有餘也,王民者,所不足也。今盡王民之死,嚴下上之患,以争虚城,則是棄所不足,而重所有餘也。為政若此,非國之務者也。」

新字:国家発政,奪民之用,廃民之利,若此甚衆,然而何為為之?曰:「我貪伐勝之名,及得之利,故為之。」子墨子言曰:「訃其所自勝,無所可用也。計其所得,反不如所喪者之多。今攻三里之城,七里之郭,攻此不用鋭,且無殺而徒得此然也。殺人多必数於万,寡必数於千,然後三里之城、七里之郭,且可得也。今万乗之国,虚数于千,不勝而人広衍数於万,不勝而辟。然則土地者,所有余也,王民者,所不足也。今尽王民之死,厳下上之患,以争虚城,則是棄所不足,而重所有余也。為政若此,非国之務者也。」

書き下し

國家、政を發して、民の用を奪い、民の利を廢すること、此くの若きこと甚だ衆し。然り而して何為れぞ之を為すや。曰く、「我れ伐ち勝つの名、及び之を得るの利を貪る、故に之を為す」と。子墨子言いて曰く、「其の自ら勝つ所を訃るに、用う可き所無きなり。其の得る所を計るに、反りて喪う所の多きに如かず。今、三里の城、七里の郭を攻むるに、此を攻むるに鋭を用いず、且つ殺すこと無くして徒だ此を得ること然らんや。人を殺すこと多ければ必ず萬を數え、寡なくとも必ず千を數え、然る後に三里の城、七里の郭、且に得可きなり。今、萬乗の國、虚しきこと千を數え、勝えずして人、廣衍なること萬を數え、勝えずして辟く。然らば則ち土地なる者は、餘り有る所なり。王民なる者は、足らざる所なり。今、盡く王民を死せしめ、下上の患いを嚴しくして、以て虚城を争うは、則ち是れ足らざる所を棄てて、餘り有る所を重んずるなり。政を為すこと此くの若きは、國の務めに非ざる者なり」と。

現代語訳

国家が政令を発して民の資材を奪い民の利を止めること、こうしたことがたいへん多い。それなのになぜそれをするのか。「私は討ち勝った名声と、それによって得られる利を欲する。だからそれをするのだ」と言う。墨子が言った。「勝って得たものを数えても、使いようがない。得たものを計算しても、かえって失ったものの多さに及ばない。いま三里四方の城、七里四方の外郭を攻めるとして、精鋭を使わず、誰も殺さずにそれを得られるだろうか。人を殺すことは多ければ万を数え、少なくとも千を数え、そうしてはじめて三里の城、七里の外郭が得られる。いま万乗の国では、空き地が千を数えるほどあって使い切れず、広い土地が万を数えるほどあって使い切れずに放ってある。とすれば土地は余っているものであり、民は足りていないものである。いま民をことごとく死なせ、上下の憂いを厳しくして、空の城を争うのは、足りないものを捨てて余っているものを重んじることだ。こういう政治は、国の務めではない」。

解説

「土地者、所有餘也、王民者、所不足也」——土地は余っていて、民が足りない。戦争の不合理を、資源配分の一点で論じます。当時すでに耕しきれない土地があった、という観察が前提です。足りない資源(人)を消費して、余っている資源(土地)を得る。この交換が損だという指摘は、いまの企業でも、余っている設備のために足りない人材を消耗する場面にそのまま重なります。

この章句が説くこと

資源配分余剰と不足損得非攻交換

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