墨子 / 非攻中
飾攻戰者言曰:「南則荆、吳之王,北則齊、晉之君,始封於天下之時,其土地之方,未有至數百里也;人徒之衆,未有至數十萬人也。以攻戰之故,土地之博至有數千里,人徒之衆至有數百萬人。故當攻戰而不可已也。」
新字:飾攻戦者言曰:「南則荆、呉之王,北則斉、晋之君,始封於天下之時,其土地之方,未有至数百里也;人徒之衆,未有至数十万人也。以攻戦之故,土地之博至有数千里,人徒之衆至有数百万人。故当攻戦而不可已也。」
書き下し
攻戰を飾る者の言に曰く、「南は則ち荆・吳の王、北は則ち齊・晉の君、始めて天下に封ぜらるるの時、其の土地の方、未だ數百里に至る有らざるなり。人徒の衆きも、未だ數十萬人に至る有らざるなり。攻戰の故を以て、土地の博きこと數千里有るに至り、人徒の衆きこと數百萬人有るに至る。故に當に攻戰して已む可からざるなり」と。
現代語訳
戦争を美化する者はこう言う。「南では荊や呉の王、北では斉や晋の君は、はじめて天下に封じられたとき、その領土は数百里にも達していなかった。人の数も数十万に達していなかった。攻め戦ったからこそ、領土は数千里に広がり、人の数も数百万に達した。だから攻め戦うことはやめられないのだ」。
解説
反論を、相手の言い分としてそのまま引用します。しかも数字入りで、説得力のある形で。墨子は反論を弱く要約しないのが特徴で、最も強い形で提示してから答える。この作法は非攻中篇で三度繰り返されます。成功した企業が拡大の手段を正当化するときの論法と、構造がまったく同じです。相手の主張を骨抜きにして並べた反論は、読む者にも見抜かれます。
この章句が説くこと
反論引用成功譚因果拡大
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史記 李将軍列伝諸々の広の軍吏及び士卒或いは封侯を取る。広嘗て望気の王朔と燕語して、曰く、「漢の匈奴を撃ちしより広未だ嘗て其の中に在らざることあらず。而るに諸部の校尉以下、才能中人に及ばず、然れども胡を撃つの軍功を以て侯を取る者数十人。而して広は人に後れず。然れども尺寸の功の以て封邑を得る者無きは、何ぞや。豈に吾が相当に侯たるべからざるか。且つ固より命なるか」と。朔曰く、「将軍自ら念へ。豈に嘗て恨む所有るか」と。広曰く、「吾嘗て隴西の守と為る。羌嘗て反す。吾誘ひて降す。降る者八百余人。吾詐りて同日に之を殺す。今に至るまで大いに恨むは独り此のみ」と。朔曰く、「禍は已に降れるを殺すより大なるは莫し。此れ乃ち将軍の侯を得ざる所以の者なり」と。後二歳、大将軍・驃騎将軍大いに出でて匈奴を撃つ。広数々自ら行かんことを請ふ。天子以て老いたりと為し、許さず。良久しくして乃ち之を許し、以て前将軍と為す。是の歳は、元狩四年なり。広既に大将軍青に従ひて匈奴を撃ち、既に塞を出づ。青虜を捕へて単于の居る所を知り、乃ち自ら精兵を以て之に走り、而して広をして右将軍の軍に并せて、東道より出でしむ。東道は少しく回遠にして、大軍の行くに水草少なく、其の勢屯行せず。広自ら請ひて曰く、「臣の部は前将軍為り。今大将軍乃ち徙して臣をして東道より出でしむ。且つ臣結髪より匈奴と戦ふ。今乃ち一たび単于に当たるを得たり。臣願はくは前に居り、先づ単于に死せん」と。大将軍青も亦陰かに上の誡めを受く。以為へらく李広は老いて、数奇なり、単于に当たらしむる毋かれ、恐らくは欲する所を得ざらんと。而して是の時公孫敖新たに侯を失ひ、中将軍と為りて大将軍に従ふ。大将軍も亦敖をして与に倶に単于に当たらしめんと欲す。故に前将軍広を徙す。広時に之を知り、固く自ら大将軍に辞す。大将軍聴かず。長史をして書を封じて広の莫府に与へしめ、曰く、「急に部に詣れ。書の如くせよ」と。
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『驢鞍橋』卷上一日因果の理を破る者に示して曰く、我人を打てば人亦我を打つ、人に能く向へは人亦我によし。是れ眼前の道理なり。其上三時業報の因果歴然の仏説明也。然るに仏説を信せぬは、其方は仏より上なり、近頃珍しき人也。亦彼の者誦経すれば口が成仏仕るやと云ふ。師曰、先づ口なりとも成仏するかよきなり。総して今時勤めは心に有りて業にあらすと云ふ者錯多しと也。
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