墨子 / 兼愛下
意以為難而不可為耶嘗有難此而可為者。昔荆靈王好小腰當靈王之身,荆國之士飯不踰乎一,握據而後興,扶垣而後行。故約食為其難者也,然後為而靈王説之,未踰於世而民可移也,即求以鄉其上也。
新字:意以為難而不可為耶嘗有難此而可為者。昔荆霊王好小腰当霊王之身,荆国之士飯不踰乎一,握拠而後興,扶垣而後行。故約食為其難者也,然後為而霊王説之,未踰於世而民可移也,即求以鄉其上也。
書き下し
意うに以て難くして為す可からずと為すか。嘗て此より難くして而も為す可き者有り。昔、荆の靈王は小腰を好む。靈王の身に當たりて、荆國の士は飯、一を踰えず、握り據りて而る後に興ち、垣を扶けて而る後に行く。故に食を約するは其の難き者を為すなり。然る後に為して靈王、之を説ぶ。世を踰えずして民、移す可きなり。即ち以て其の上に鄉かんことを求むればなり。
現代語訳
思うに、難しくて実行できないと考えているのか。かつてこれより難しくて、しかも実行された例がある。むかし楚の霊王は細い腰を好んだ。霊王の時代には、楚の国の士は食事が一日一回を超えず、手をついてやっと立ち上がり、塀に手をついてやっと歩いた。食を切り詰めるのは難しいことである。それでも実行され、霊王はそれを喜んだ。一世代も経たずに民は変わった。上に向かおうとしたからである。
解説
兼愛中篇と同じ三つの実例が、下篇では一つずつ結論つきで繰り返されます。「未踰於世而民可移也」——一世代も経たずに民は変わる。組織の行動が変わるのに必要な時間の見積もりです。しかも変わった理由は理念への共感ではなく「求以鄉其上也」、上に向かおうとしたから。動機づけの正体を、そこまで乾いた目で見ています。
この章句が説くこと
行動変容速さ上の好み動機実例
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